第145話 特別調査隊
☆
翌日。
校長室に入った私たちは、フリデール先生と一緒にいた意外な人物に戸惑った。
「エリク殿下?」
「やあ、先日ぶりだね」
そう言って微笑したのは我が校の生徒会長……エリク第一王子だった。
「なぜ殿下が?」
てっきり校長先生から何か頼まれるものと思っていた私が呟くと、エリク王子はフリデール先生を振り返った。
「…………」
一瞬の目配せ。
まるで「説明、お願いできます?」「あんたがおやんなさい」とでもいうような沈黙の攻防。
そのやりとりに根負けしたのか、エリク殿下は首をすくめて私たちに向き直った。
「実は君たちに頼みたいことがあるんだが……依頼元は学校じゃないんだ」
「学校じゃない?」
聞き返した私に、殿下が頷く。
「ああ。僕は今、生徒会長ではなく『エーテルナ湖中迷宮討伐軍・最高司令官代理』……つまり陛下の名代としてここにいる」
その瞬間、隣のオリガがすっとカーテシーの礼をとる。
半拍遅れて私とアンナが同様の姿勢をとり、リーネとレナが見よう見まねでそれに続く。
ふと横を見ると、セオリクも右の手のひらを左胸に当てる北大陸風の立礼をしていた。
意外なことに、その姿がなんとも様になっている。
(南大陸の立礼って、北大陸と同じだっけ?)
ふと違和感を感じたけれど、エリク王子の言葉で意識が目の前の状況に引き戻される。
「顔をあげてくれ。ここから先は実務的な話になる。接し方は学校の先輩に対するもので構わないよ」
「承知致しました」
オリガの言葉で姿勢を戻す私たち。
「それじゃあまず、今の状況から説明しよう。––––これを見てくれ」
そう言って殿下は、傍らに置かれた木製の掲示ボードに張られた図を指し示した。
「この図は湖中迷宮の階層構造を示した略図だ。現在の討伐分担は、第一階層が学生とC〜D級冒険者、第二階層が軍の一般部隊とA〜B級冒険者、第三階層が騎士団とS級冒険者ということになっている」
「え?」
思わず声をあげた私に、エリク王子は気まずそうな顔をする。
「レティア嬢の言わんとすることは分かる。––––現状、迷宮核(ダンジョンコア)がある第四層には、討伐に入ることすらできていないんだ」
「それは『物理的に進入路がない』ということでしょうか?」
オリガの問いかけに、殿下は首を横に振った。
「いや、進入路はある。だがそこから数時間おきに『迷宮主(ダンジョンマスター)級』の魔物が這い出して来ていてね。とてもじゃないが四層に降りることができない。第三層までの現状維持で手いっぱいなんだ。––––それも多大な犠牲と引き換えに」
「なんてこと……」
愕然とする私たち。
「このままじゃジリ貧だな」
ボソリと呟くセオリク。
「正直なところ、現状維持ですらあと一週間が限界だ。今の防衛ラインが崩れた瞬間、討伐軍は全滅。ダンジョンから魔物が溢れ出し、湖をわたってエーテルスタッドを襲うだろう。どこかで止まればいいが、このまま際限なく迷宮核の暴走が続けば、国の滅亡もあり得る」
「めつ、ぼう…………?」
これまで表情を変えず黙って聞いていたレナが目を見開く。
「そんな……」
絶句するリーネ。
「もちろん我々も座して見ていた訳じゃない。しかるべき手も打ってきた」
そう言ってエリク殿下は、フリデール先生の方を見た。
「…………」
校長先生はわずかに顔をしかめると、口を開いた。
「あんた達も知ってる通り、ルーンフェルトは魔術師育成の実習場として長年にわたり湖中迷宮を管理してきた。年に二回、夏と冬に討伐に入って迷宮核の魔力量調整をしていたのは知ってるだろう?」
「はい」と頷く私たち。
「実はもう一つ、一般には知られていない安全装置があったのさ」
フリデール先生はそう言って立ち上がると、部屋の隅に行き、布が被せられた柱状の物体の前に立った。
そして、布をとる。
「え…………?」
私は『それ』を凝視した。
それは粉々に砕け散った複数の魔石と、ドロドロに溶けた魔導回路だった。
「エーテルナ湖中迷宮の迷宮核(ダンジョン・コア)を破壊するための魔導装置だよ。こいつの回路は第四層にある台座に直結していて、台座上の迷宮核を強力な魔力振動で破壊するようになっていたんだ。……使用済みだがね」
「「え???」」
私たちはあまりのことに理解が追いつかず、固まった。
ポカンとする私たちに、エリク殿下が校長先生から説明を引き継いだ。
「討伐を開始して四日目のことだ。日に日に魔物の発生速度が上がっていることに気づいた我々は『迷宮核を破壊しない限り第四層の攻略は不可能』と判断し、その装置を起動することにした。そいつはルーンフェルト創設時に作られた数百年前の代物だが、先生方の協力で無事起動。迷宮核は破壊された。––––はずだった」
「『はずだった』?」
セオリクが問い返す。
「ああ。実際一時的にだが、迷宮内の魔物の発生速度は目に見えて遅くなった。『これで四層の討伐を進められる』。そう思ったんだが……」
俯くエリク王子。
フリデール先生がこちらに顔を向ける。
「あんたらも何日か潜って分かっただろ? 魔物の発生速度がまた上がり始めたのさ。––––つまり考えられることは一つ。いつの間にか第四層の迷宮核は二つに増えていて、今回の『暴走』の原因は新しく発生した『二つ目の迷宮核』の仕業だった、ということさ」
「…………」
想像もしなかった事実に、言葉を失う私たち。
「それで、頼みたいことというのはなんでしょうか?」
私が尋ねると、フリデール先生は長く息を吐き、こちらにやってくる。
そして、じっと私を見つめた。
「調査を頼みたいのさ」
「調査、ですか?」
「ああ。騎士団に同行して第四層の入口まで行って、魔力の状態を調べて欲しい」
先生の言葉に、私は眉を顰めた。
「魔力の状態って……なんで私たちなんです? フリデール先生の魔力操作の腕は私たちより上ですよね。学生の私たちが行くより先生が行った方が––––」
「もう行ったさ。何人もの騎士と兵士を犠牲にしてね。だけど何も分からなかった」
先生は険しい顔で言った。
「情けない話だが、あたしにはもうお手上げなんだ。ノルドラントの歴史を紐解いてみても、一箇所でこれほど急激かつ持続的に迷宮核の魔力が暴走・急増した例はない。そもそも一つのダンジョンに二つの迷宮核(コア)が発生すること自体が異常だ。何か原因があるはずなのに、あたしには分からなかったのさ」
「なんで私たちなんです?」
「あんたらが使ってる魔導具を見れば、少なくともあたしらより魔力の研究が進んでるのは分かる」
そう言ってオリガの腕輪を見るフリデール先生。
「でも、それなら私だけでいいんじゃないですか? なんでパーティー全員が呼び出されたんです?」
「目立ちたくないんだろう? なら全員で行って、誰がキーマンなのかバレそうになったら他のメンバーがやったことにすればいい」
私は先生を睨んだ。
「人質ですよね? 私に断らせないための」
「両方さ。滅びるかもしれない瀬戸際なんだ。なんとかできる可能性があるなら、なんでもやるさ」
睨み合う私たち。
険悪な雰囲気を破ったのは、エリク王子だった。
「あー、レティア嬢。この件は我が国からハイエルランド王国への正式な依頼でもあるんだ。どうか怒らずに話を聞いてくれないだろうか」
「はい?」
思わず聞き返す。
少なくとも今朝の時点で私は、そんな話は聞いていない。
「護衛に最精鋭の騎士たちをつけるとはいえ、我が国の事情で留学生に危険な場所に行ってもらう訳だからね。当然だろう。遅くとも今日の昼には王都のハイエルランド公館に依頼状が届くはずだ」
「うっ……」
名前と身分を偽っているとはいえ、私はハイエルランドの貴族だ。
事が外交の問題になるのであれば、迂闊なことはできない。
––––まあ、元々断るつもりはなかったけれど。
たった二ヶ月とはいえ、これまで一緒にやってきた仲間を見捨てることはできないし、留学の目的を果たすためには、学校にも存続してもらわなきゃいけない。
ただ、ちょっとやりくちが気に入らなかっただけだ。
私は、はあ、とため息を吐いた。
「一晩、考えさせてください」
☆
その日の夜。
私宛にハイエルランドのコンラート陛下から魔導通信が届いた。
『卿の心のままに』
国の許可は下りた。
もちろんこのことは校長先生やエリク殿下、仲間たちには言えないけれど。
あとは私次第だ。
☆
翌日の午後。
私たちはエーテルナ湖中迷宮の第四層の入口に立っていた。
私たちの目の前で、三人が死んだ。
貝殻で頭が覆われた、巨大な蛸の化け物。
迷宮主級の化け物は圧倒的な力で騎士と兵士たちを襲い、命を奪い、半刻にわたる雷撃の集中砲火でやっと倒れた。
あまりに壮絶な戦いを目の前に、私が『それ』に気づいたのは、化け物が倒れてしばらくしてからのことだった。
––––カタカタ、カタカタ、カタカタッ––––
「ココ? メル?」
カバンの中のクマたちが、激しく震えていた。
☆
さて、いよいよ来る7月16日(火)、本作のコミックス1巻が発売です!
マンガ版はちびキャラたちが超絶可愛いかったり、ストーリーが分かりやすかったりしますので、振り返りの意味でもすごくおすすめです。
ぜひ読んでみて下さいね!!
……と言いながら、実は偶々入った本屋さんで早売りしててなぜか特典つきでうちにあったりしますがw
それでは引き続き本作を応援よろしくお願い致します☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます