第136話 ふたりのお茶会



 ☆



 朝食の時間がとっくに終わり、変な時間に寮のカフェテリアを訪れた私とオリガ。


「ありあわせで作ったから、大したものじゃないけどね」


 朝ごはんを食べていない私に厨房のおばさんが用意してくれたのは、サンドウィッチとゆで卵だった。


「あのっ、ありがとうございます」


 お盆を受け取ってお礼を言うと、


「いいのよ。『延長組』の人もちょこちょこ顔を出すから、食事の時間以外も厨房は開けてるのさ」


 おばさんはそう言ってニッと笑ったのだった。




「そういえば、単位を取っても卒業せずに学校に残ってる人もいるのよね」


 中庭のテラス席についた私たち。

 私が呟くと、オリガが皮肉めいた笑みを浮かべた。


「『延長組』……自分の魔術研究なんかに没頭するために残っている人たちね。長いと卒業期限いっぱいの六年まで粘る人もいるらしいけど」


「六年!」


「学費もかかるのに、よくやるわ。そんなに研究したいなら助手から教諭を目指せばいいのに。それは嫌みたいね」


 クラスメイトはそう言って首をすくめる。


「ま、まあ、色んな人がいるわよね」


 さすが魔術学校。

 変わり者の多いこと。


「…………」


「…………」


 会話が途切れる。


 お互いお茶に口をつけ、どこか気まずい空気が流れた。




「ねえ」


「えっ?」


 オリガの呼びかけに、びくっとする。


「昨夜のことだけど……誰かに嫌がらせされた? それとも、悪口を言われたとか」


 目を合わせず、愛想もなく、そんなことを尋ねてくるルームメイト。


 お茶会に誘ってくれたこともそうだけど、どうやら彼女なりに気遣ってくれているらしい。


 胸の奥が少しだけ暖かくなる。


 私は首を横に振った。


「そういうのじゃないの。ちょっと、色々考えてたら昔あった悲しいことを思い出しちゃって……。心配させてごめんね」


「別に、心配なんてしてないわ」


「そう。––––でも、ありがとう」


「…………」


 あいかわらずそっぽを向いたまま、照れ隠しのようにお茶を口につけるルームメイト。


 やっぱりこの子は、本当はいい子なのかもしれない。


 少しだけ気分が晴れた私は、今度は自分から話しかけることにした。




「オリガは、この学校を卒業したら何かやりたいことはあるの? 私は国に戻って魔導具づくりに本腰を入れたいと思ってるんだけど」


「やりたいこと、か」


 彼女はテーブルに視線を落とした。


「本当は領地に戻って治安維持や討伐で手がまわらない家族を助けたかったんだけど…………私の魔力じゃやっぱり無理ね。この学校に来て周りとの差を思い知らされたわ。だから王都の屋敷を拠点に社交活動に力を入れて、結婚相手を探すことになると思う。魔術戦闘に長けていて、うちの領地に一緒に来てくれる相手を探すのよ」


「結婚?! まだ成人もしてないのに???」


 思わず私が聞き返すと、オリガは自嘲気味に笑った。


「私は今十四だから卒業までには成人するし、同い年でも早い子はもう社交活動を始めているから、むしろ遅いくらいよ」


 そっか。

 オリガは私より一つお姉さんなんだ。

 どうりで大人っぽいわけだ。


 そういえば、リーネの異母姉のフレヤも一つ上だと聞いた気がする。




 オリガは言葉を続けた。


「私自身が戦えないから、戦える人と結婚して連れ帰るしかない。……残念なことに、昨日フレヤ嬢が言っていたことは事実だから」


「フレヤ嬢が言ってたこと?」


「国境地帯の治安の話よ。––––北部ではここ十年帝国からの難民が増え続けていて、色んな問題が起こってる。住民と難民の間のトラブルだけじゃない。越境する難民を狙った盗賊や魔物の襲撃事件も急増してる。うちにはもっと戦力が必要なの」


「そっか。それで……」


 ––––オリガは必死なのか。


 私は言葉を飲み込んだ。


「私の家族も騎士団も総出で対処しているけれど、全然人手が足りなくて。このままじゃいつかは誰かが命を落としてしまう。両親や兄姉は『気にせず自分の生きたいように生きろ』って言ってくれてるけど…………家族を危険に晒したままひとり知らん顔するなんて、私にはできないわ」


 オリガはそう言うと、再びカップに口をつけ、まるでため息を吐くように、自分への怒りを吐き出すように、長く長く静かに息を吐いた。


「…………」


(そうよね。みんな、色んなものを抱えてここにいるんだよね。––––運命に抗おうとしているのは、私だけじゃない)


 私は顔を上げ、まっすぐオリガの顔を見つめた。




「魔力不足の問題がなんとかなれば、結婚しなくても済むのね?」


 私の問いに、ルームメイトは微かに笑った。


「……貴女が嘘をついてるとは思わないけど、正直私は魔導具で解決できるという話には懐疑的だわ。前も言ったけど、他人の魔力を使う方法は一度試してダメだったから」


 お兄さんに協力してもらって……という話のことね。


 たしかに簡単じゃない。


 だけど私は、不可能だとも思わない。


「その言葉に対する答えは、私も昨日言った通りよ。––––保有魔力波長の個人差の調整は、『なんとかできる』問題だわ。材料、手間と時間、魔導具づくりができる工房、そしてオリガの協力が必要だけどね」


「私の協力?」


「そう。魔力分析装置を作って、貴女の固有魔力波長のデータを記録するの。そして異なる波長の魔力を貴女の波長に変換する回路を、魔力授受装置の受信機(レシーバ)側に実装する」


「ちょ、ちょっと待って。理解がついていかないわ」


 額を押さえるオリガ。




 ……やっちゃった。


 興奮すると一人で突っ走っちゃうのは、私の悪いクセだ。


「ごめんなさい。オリガにお願いしたいことを簡単に言うと、手首に魔導金属線を貼り付けて魔力操作をして欲しいのよ。それで必要なデータが取れるわ」


「まあ、それくらいならいくらでも協力するけど。というか、私のために尽力してくれるのだから、ぜひやらせてもらうわ」


 そこでオリガは、今日初めてまともに私と目を合わせてくれた。


 私は破顔した。


「ありがとう。時間はかかるかもしれないけど、必ずオリガの問題を解決するから」


「期待せずに待ってるわ」


 ふっと笑うルームメイト。




(––––よし。このお茶会でかなりオリガとの距離が縮まった気がする。この勢いなら、『あのこと』も頼めるかも???)


 私は意を決して口を開いた。


「それでね、あの…………この開発に関連して、一つお願いしたいことがあるんだけど」


「なに? 私にできることなら、可能な限り協力するけど」


 首を傾げるオリガ。


「実は、オリガ用のものとは違う魔導具を作るためなんだけど––––魔導金属線を貼る数を増やして、魔術を使ってる時のデータも取らせてもらえないかしら?」


「それって、何に使うの?」


 オリガが目を細める。


「ええと…………私やセオリクって魔法は使えるけど、なかなか魔術が習得できないでしょう? だから、魔術が上手な人のデータを取って自分たちのと比較できれば、習得もし易いんじゃないかと思って」


 私が説明すると、彼女はまじまじとこちらを見て、こう言った。


「へえ。レティアは面白いことを考えるのね。この国にも有名な魔術習得法は色々あるけど、そんなアプローチは初めて聞いたわ。––––でも、なんでわざわざ魔力のない私に頼むの? 魔力持ちの子の方がいいんじゃない?」


「もちろんオリガがダメならアンナ姉さんやリーネ、レナにもお願いするつもりだけど、うちのグループで一番効率的に魔力を変換できてるのはオリガでしょ? というか、私が見る限りオリガの変換効率は、教諭陣を含めて学院一なんじゃないかしら」


 私の言葉に目を丸くし、慌ててそっぽを向くオリガ。


「そ、そんなことを言われたのは初めてだわ」


「そうなの? ––––実は、私がはるばる北海を渡ってこの国まで来てルーンフェルトに入ったのは、魔術がなぜこんなに魔力効率が良いのかを調べるためなのよ。だからその研究を進めるためにも、ぜひオリガにお願いしたいわ!」


 ずい、と身を乗り出す私。

 うっ、とのけぞるオリガ。


 だけど––––


「わ、分かったわ。分かったから、ちょっと座りなさいな」


 オリガはドン引きしながらも、そう言ってくれた。


「ありがとう! じゃあ、これからよろしくね!!」


「ええ……よろしく」


 こうして私たちは魔導具づくりに向け、ともに協力してゆくことを約束したのだった。




 ☆




 翌日。


 ウグレィの教室に入りいつもの席に陣取った私たちのところに、セオリクがやって来て言った。


「『工房』というには小さいが、校内で一箇所、魔導具づくりができそうな部屋が見つかったぞ」


「えっ、本当?! それってどこにあるの???」


 前のめりに食いついた私。

 そんな私に、彼はにやりと(たぶん)笑った。



「『魔術杖研究会』って連中の部室だよ」










今話は新情報てんこもりで大変でした。

引き続き本作を応援よろしくお願い致します。



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