第135話 公国との密約



 ☆



「一度、オズウェル公爵の視点で話を整理してみましょうか」


 私はココとメルに言った。


 ––––オズウェル公爵。


 私が巻き込まれた陰謀の首謀者であり、例の『夢』でも宰相としてアルヴィンに状況を説明していた男。

 そしておそらく、ナタリーをアルヴィンに引き合わせた張本人だ。


 この謎の全容を把握しようとするのであれば、彼がどのように考え動いてきたかという視点に立つのが一番だろう。


 私は、そもそもの始まりに立ち返ってみることにした。




「まず、オズウェル公爵はハイエルランドの実権を握るため、どうしてもアルヴィンを王位につけたかった。そしてそのためには、王陛下とジェラルド殿下を亡きものにしなければならなかった。––––ここまではいいわよね?」


 頷くココとメル。


「そこでブランディシュカ公国と手を結ぶ訳だけど…………なぜ彼はそんなまどろっこしいことをしたのかしら? わざわざ外患誘致なんかしなくても、安直に暗殺する手もあったと思うのだけど」


 これは私の中でずっと燻っていた疑問。


「「うーん……」」


 しばし三人で考えこんでいると、やがてメルがこんなことを言った。


「シンプルに考えるなら『自分たちに疑いの目が向かないようにするため』ね。敵国の兵士の襲撃であれば、裏に公爵や王党派がいるなんてまず思わないでしょう」


「それはそうね。でも、ただそれだけのために敵国を引き入れるなんてハイリスクなことをするかしら」


 実際やり直し前の戦争では、第二騎士団が壊滅して王国軍は潰走。

 ハイエルランドは穀倉地帯であるグラシメント地方を公国に割譲することになった。


 まあ、それすらも公爵と公国の目論見通り、ということなのかもしれないけれど。




「そういえばあの『夢』では、ハイエルランドが東のペルシュヴァルツに、公国が西のアルディターナに侵攻している、って話だったわよね」


 私は手元の紙にさらさらと地図を書く。


 ハイエルランドが東で国境を接するペルシュヴァルツ帝国は、四百年ほど前に南大陸から渡ってきた異民族が建国した国だ。


 ダリス教と起源を同じくする女神を主神としながらも、南大陸で独自に発展した多神教を国教としている。


 そんなペルシュヴァルツだけど、ハイエルランドとは浅からぬ因縁がある。


 元々彼の国の国土の大半は、ハイエルランドの前身である旧王国の領土だった。


 そこに南から渡ってきた人々がやって来て、王朝を打ち立てたのだ。


 当然、両国間では頻繁に領土紛争が起こっており、お世辞にも仲が良いとは言えない。


 旧王国時代はどんどん領土を取られ、逆に現王国になってからは魔導武具の差で押し返し、現在は軍事力が拮抗して双方手詰まり、という状態だった。


「たしか王党派の主張は、『旧王国時代の国土を奪還すべし』だったわよね」


 ペルシュヴァルツの国土は豊かな土地だ。

 そして、広い。


「……なるほど。そう考えれば、グラシメントを公国に割譲してもお釣りがくるのか」


 呟いた私に、ココとメルが首を傾げた。




「つまり公爵は、グラシメント地方を公国に売って竜操士を手に入れ、その力でペルシュヴァルツを一気に征服しようとした。……そういうことなんじゃないかしら」


「「なるほどー!」」


 手書きの地図で説明した私に、歓声をあげるクマたち。


 ついでに言うならば、『夢』の中で公国が侵攻した南西のアルディターナ王国は、元々公国が貴族領として所属していた国だ。


 たしか百年ほど前に起こったアルディターナの政変の際に独立して、現在の公国になったはず。


 そういう意味では、あちらにはあちらの因縁があるのかもしれない。


 公爵と公国がそれぞれの思惑のもとそのような密約を交わしていたとしたら、スジは通る。


「だんだんパズルのピースが埋まってきたんじゃないか?」


 ココの言葉に、メルも頷く。


「そうね。少なくともここまでの推察は、私もあり得る話だと思うわ」


「じゃあ、とりあえず今話した内容を最有力の仮説としておきましょう」


 私は手帳に走り書きし、大きく◯で囲んだ。




「これで残った謎は例のスパイ女のことだけになったな」


「ナタリー・クランドン・グレイシャー。またはナターリエ・バジンカという少女の、素性と行動についての謎ね」


 クマたちの言葉に、頷く私。


「正直今まで彼女が何者なのか、さっぱり分からなかったわ。だけど今回私たちがたどり着いた結論を前提にするなら、なんとなく分かる気がするの」


「え? あいつの正体が分かるのか???」


 再び首を傾げるココ。

 そこでメルが口を開いた。


「公爵と公国の密約を成立させるための『鍵』。––––つまりそういうことでしょ? レティ」


「さすがね、メル。そのとおり!」


 びっ、と彼女を指差す私。


「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 全っ然分からないんだけどお???」


 机の上にひっくり返り、駄々っ子のように手足をバタつかせるココ。

 なんか可愛い。


 メルがそんなココに解説を始めた。


「ちょっと考えてみなさいな。––––たとえば公爵がハイエルランドの情報を公国に渡したとして、公国が本当に竜操士の技術をくれるかは分からないわよね? また逆に公国が竜操士の技術を公爵に供与したとして、公爵が正しい情報を渡すとも限らないでしょ? だからお互いに契約の履行を保証する『何か』……つまり担保を交換しているはずなのよ」


 そう。

 あの『夢』を見て以来、公爵と公国の関係について、私がずっと感じていた違和感はそこだった。


 元々敵対国だったにも関わらず、なぜハイエルランドとブランディシュカは同盟を結べたのか。


 公国はなぜ最高機密であるはずの竜操士の技術をハイエルランドに供与したのか。


 その答えがナタリーだとすれば、全てに説明がつく。




「もしナタリーが公国の公王家の姫で、王位についたアルヴィンとの間に王子が生まれれば、両国王家は非常に強い血縁関係で結ばれることになるわ」


 言いながら私は青ざめていた。


 もしそうなら、私が無実の罪を着せられて処刑されたのも納得がいく。


 公爵にとって私は、絶対に、確実に葬らなければならない相手だったということだ。


 ブランディシュカとハイエルランドの結びつきを作るために。


 そのためには、コンラート陛下の意向でアルヴィンと婚約した私に罪を着せ、反逆者の汚名とともに一族郎党もろとも処刑してしまうのが一番確実な方法だろう。


 つまり、やり直し前の私がアルヴィンと婚約した時点で、お父さまやお兄さま、アンナや使用人たち、そして私の運命は決まってしまっていたのだ。




「っ…………」


 私はこらえきれず両手で顔を覆った。


「ちょっとレティ! 大丈夫?!」


「おい、どうしたんだレティ???」


 クマたちが寄ってきて、私の頭と背中をなでる。


「っぐ……ひぐっ……」


 目からとめどなく熱いものが流れ落ちる。


 もう『なかったこと』になった未来。

 みんなの協力で回避した悪夢。


 それでも、私の中には残っている。


 私を守ろうとしたお父さまの姿が。

 優しい笑みを浮かべて絞首台に上がったアンナの姿が。

 そして、王都屋敷の研究室に引き篭もってしまった惨めな自分の記憶が。


 そうして私はクマたちになでられながら、しばらく泣きじゃくったのだった。




 ☆




「……ひどい顔ね」


 翌朝。

 ふとんから顔を出した私を見たオリガが、呆れた顔でそう言った。


「ううっ……分かってるもん」


 ふとんをかぶって言い返す私。


 結局あの後、私は自分の気持ちを抑えられなくなり、逃げるように自室に戻ってそのまま布団を被ってしまった。


 同じ部屋の仲間たちが心配して声をかけてくれたけれど、まともに返事もできないまま寝落ちしてしまい、今に至る。


「まあ、生きていれば色々あるわ」


 布団の向こうからそんな声が聞こえる。


「授業も休んだんだし、今日はゆっくりしなさいな。…………起きる気力があるなら、お茶くらいは付き合うわよ」


「え?」


 オリガの意外な言葉に、思わず布団の中から聞き返す。


「なによ、その反応」


 ぶすくれたような声が聞こえたので、私は目だけ布団からのぞかせて彼女の方を見た。


「だって、オリガはそういうのが嫌いな人なのかと思ってたから」


「……別に好きじゃないわよ。だけど謹慎中で寮から出られないし、暇つぶしになればと思っただけよ」


 拗ねたような顔をするオリガ。


 そんな彼女に私は––––


「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。


「ちょっと、何よ?」


「なんでもないわ。……ありがと。ちょっと待ってて。準備するから」


 私が起き上がるとオリガは、ふんっ、とそっぽを向いたのだった。









感想返信できず申し訳ありません。

ちゃんと全て読ませて頂き、元気を頂いております!

引き続き本作を応援よろしくお願い致します。



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