第134話 第二回くまさん会議



 ☆



「それでは……」


 私は、こほん、と咳払いする。


「留学記念☆『第二回くまさん会議』in 迷宮国〜〜!!」


 ドンドンパフパフ〜〜!


 私の脳内で太鼓とラッパが鳴り響く。


「ちょっとレティ。その今回のテーマにまっっったく、そぐわないノリはなんなの?」


 呆れたような、ドン引きしたような目で私を見るメル。


「いやぁ、深刻な話だからこそ、テンションを上げて行こうかと」


 てへぺろ。


「そうだぞ、メル。レティ一人じゃどんどん深刻になって考えこんじゃうだろ。この会議はこのくらいのノリでちょうどいいんだよ。なあ、レティ?」


「「ねーー☆」」


 ココと二人、意気投合する。




 一方のメルはそんな私たちを見て『無心』みたいな悟り顔をしていたけれど、やがて気を取り直して口を開いた。


「まあいいわ。それで? 今日のテーマは『スパイ女について』でいいの?」


「そうね。それに聖国で見た『夢』のことも含めて情報を整理したいかな」


 私が議題をつけ加えると、メルは軽く頷きこう言った。


「じゃあ、『スパイ女と聖堂で見た未来〜その課題と対策』にするわね」


 まるで講演会のテーマのようにまとめたメルが軽く手を振ると、宙に今決まった議題が光の文字で浮かびあがった。


「えっ、何それ? すごいっ!!」


 私が目を丸くすると、メルはドヤ顔で胸を張った。


「航法装置用にレティが作った『視覚投影回路(ビジョンディスプレイサーキット)』を転用したのよ」


「ええっ?! そんな応用もできるようになっちゃったの???」


「なっちゃったのよねえ」


 しれっとして得意げな顔をするメル。


 オウルアイズ本領でのあの夜以来、ココとメルがどんどん進化してる気がする。


 まるで、『知恵の実』を食べたかのように。


 いつか、私が考えもしないような魔導回路を自分で作りだす日がくるんじゃないだろうか?


 そんなことを考えていると、メルが首を横に振った。


「それはないわね。私たちは地球で言うところのコンピュータやAIと同じよ。多分このまま演算速度は速くなっていくし、既存の情報や技術を組み合わせたりはできるようになるとは思うけど、全く新しい概念を生みだしたり、原理を発見したりはできないわ。私たちの『進化』もレティと繋がっていればこそよ」


「そうなの?」


「そうよ」


 断言するメル。


「それより、本題に入った方がいいんじゃない? あっという間に消灯時間がきちゃうわよ」


「あぁっ、あと一時間しかない! それじゃあ早速、本題に入るわよっ!」


「「はーい」」


 くまたちはそろって小さな手をあげたのだった。




 ☆




「今回私がこの会議を開いたのは、考えなきゃいけないことがあまりに多くて、一人じゃ整理できなかったからなの。それにやり直し前のことを思い出すと、正直冷静になれないわ」


 本当は迷宮国に着いたらすぐにくまさん会議を開こうと思っていた。


 聖国での『夢』の内容が、あまりに衝撃的だったから。


 それを先送りにしてしまったのは、リーネとの出会いや入試、入学でバタバタしていたこともあったけれど…………本音を言えば、過去と向き合うのが怖かったからだ。


 やり直し前の出来事は、私にとって辛い思い出だ。

 正直、思い出したくないし、考えたくもない。


 それに、今回の人生では既に一番大きな問題は解決済みで、急いで考える必要はないと思っていた。


 アルヴィンは王籍を剥奪されて鉱山送り。

 黒幕のオズウェル公爵は処刑され、王党派の主要家門は全て爵位を剥奪されている。


 懸念があるとすれば公国の動向だけど、そこはハイエルランド王国とうちの諜報が総力をあげて情報収集に当たっている。


 聖国で見た白昼夢だって、所詮は『夢』だ。

 私の無意識が見せた妄想かもしれない。


 ––––あえて私が考える必要はないんじゃないか。


 そう自分に言い訳して、この一ヶ月を過ごしてきた。



 ところが今日、その甘い考えは覆された。



 放置していた『彼女』の問題。


 本来ならハイエルランドの王都にいるはずの彼女が、遥か異国の魔術学校に在籍し、しかも生徒会書記としてその国の王子の近くにいる。


 彼女は、何の目的でここにいるのか。


 そして私は、彼女が在籍するこの学校でどう振る舞えばいいのか。


 すでに、目を逸らしていい状況ではなくなっていた。




 私が一気にそこまで話すと、メルがふっと微笑んだ。


「そこまでレティが確信しているなら、事実関係の整理はもう必要ないわね。あと考えなきゃいけないのは、『夢』の内容を検討して『現実』と繋ぐこと。そしてその現実にどう対処するかということね」


「あの夢を事実として扱う、ということ?」


「実際そうかは置いておいて、とりあえずそう仮定しないと話が進まないでしょう」


 確かに。

 情報の信ぴょう性ばかりを疑って肝心の内容を検証しなければ、得られるものは何もない。


「分かったわ。……それで、やっぱりあの『夢』は、私が処刑された後の出来事(ビジョン)ということで合ってるわよね?」


 私の問いに、ココがぴこんと手をあげる。


「多分、処刑から五年後くらいだと思うぜ。––––王の崩御とクソ王子の即位、公国との同盟締結、竜操士(ドラゴンライダー)の技術導入と育成……それだけのイベントをこなすなら、三年じゃ厳しいだろ。それに抱き抱えられてた『王子』は三歳くらいに見えた。あのスパイ女との結婚と出産時期から考えても、五年ってのは妥当な線だと思うぜ」


「おおーーっ」


 ぱちぱちと拍手する私。

 ふん、と鼻を鳴らすメル。


「ココのくせに珍しく冴えてるじゃない。私も同じくらいだと思うわ」


「『珍しく』ってなんだよ。ちゃんと褒め称えてくれていいんだぜ? ––––ぐふっ!」


 ドヤ顔のココに、メルの裏拳が炸裂する。


「公国との同盟締結か……。にわかには信じがたいけど、たしかに夢の中のアルヴィンは公国のことを『同盟国』と言っていたわね。オズウェル公爵は公国と繋がっていたから、例えば現世でうちが下賜されたグラシメント地方の割譲を条件に同盟を締結して、竜操士の技術移転を受けたなら、それもありえない話じゃないかも」


 私の頭の中で、バラバラだった情報が繋がり始めていた。



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