第137話 魔術杖研究会

 


 ☆



「魔術杖研究会?」


 聞き返した私に、セオリクは「ああ」と頷いた。


「バリエンダール教諭に相談したら、『金属用はともかく、木工用の工具はひと通り揃ってるはずだ』と言っていた。趣味と実益を兼ねて、魔術用の杖を作ったり修理しているサークルらしい」


「学内にそんな人たちがいたんだ……。知らなかったわ」


 入学から一週間。

 私たち新入生は、前世日本の大学でそうだったように、様々なサークルから毎日熱烈な勧誘を受けていた。


 でもまさか、杖をつくるサークルがあるなんて。


「たしかに魔術杖を作るには木工用工具と魔導ごてが必要よね。魔導具づくりに必要なものと一部は被ってる。––––早速放課後、訪ねてみようかしら」


「それなら俺が案内しよう。昨日ちょっと覗いてきたが、部室の場所がかなり分かりづらいんだ」


「え、でもいいの? セオリクも放課後は自主練があるんじゃ––––」


 そう。

 魔術の面では落ちこぼれの私やセオリク、エルフのフェルリーズ、その他ウグレィの数名は、演習場の端の初心者スペースで自主練をするのが日課になっていた。


 ……一週間経っても、まだ誰も魔術を発動できてないけど。


 私がセオリクの顔をのぞき込むと、彼は慌てて視線をそらした。


「い、いい。元々俺が君を巻き込んだからな。できる限り協力する」


 あさっての方を向いてそんなことを言う彼に、私は苦笑する。


「じゃあ、お願いしようかな。ありがとね、セオリク」


「ああ。気にしないでくれ」


 私たちがそんなやりとりをしていた時だった。


「はいっ! 私も一緒に行きます!!」


 横で聞いていたリーネが、ぱっ、と手を挙げた。


「もちろん、私もです」


 これはアンナだ。


「ええと……二人ともわざわざ私に合わせなくても––––」


 私が言いかけると、


「レティアを男と二人で行かせるなんてできませんから」


 笑顔で即答するアンナ。


 そして、横でうんうんと頷くリーネ。


(え?! リーネってそんなキャラだっけ????)


 私がびっくりして彼女を凝視していると、


「じゃあ、放課後はみんなで部活見学ですね!」


 リーネがにっこり笑って、話が決まってしまったのだった。




 ☆




 放課後。

 部室棟の地下通路にて。


「たしかに、これじゃあ迷子になってもおかしくないわね」


 私は先導するセオリクの後ろを歩きながら、顔を引き攣らせた。


 部室棟の中は、まるで迷宮だった。


 それも迷宮(ダンジョン)じゃない。

 文字通りの迷宮(ラビリンス)の方だ。


 薄暗い魔導灯の明かり。

 曲がりくねった通路。

 壁に貼られた変色したポスター。

 そして両脇に並ぶ、埃まみれの謎の留置物。


 まさに『大学の部室棟』という空間が広がっていた。


「本当にこんなところで杖を作ってるんでしょうか?」


 リーネが呟き、アンナが首をすくめた時だった。


「たしか、ここだったな」


 とある通路のつきあたりで、セオリクが立ち止まった。


「あ、杖の絵が描いてあるね」


 その扉にはサークルの名前も掲げられてはいなかったけれど、一枚だけ杖らしき意匠が刻まれたプレートがはめ込まれていた。


「入るぞ」


 セオリクは躊躇うことなくガチャリと扉を開けた。




 ☆




 ––––カラン、カラン


 ベルの音とともに扉が開く。

 と、そこには意外な光景が広がっていた。


「本当にお店になってる!」


 私は目を丸くした。


 お世辞にも明るいとは言えない六畳ほどの店内には、ところ狭しと杖が陳列されている。


 乱雑に箱につっこまれた三本いくらの処分品もあれば、鎖で壁に固定されたやたらと装飾の凝った高価な杖まである。


 その様子はまるで、古い雑居ビルに入っている知る人ぞ知るギター専門店のようだ。


(…………こんなにゴテゴテしていて、使いにくくないのかしら?)


 私が壁に陳列されたお高級な杖に手を伸ばそうとした時だった。


「あっ! ちょっ、触るなっ!!」


 カウンターの裏から出てきたボサボサ髪の男子生徒が叫び声をあげ、私はびくっとして手を引っ込めたのだった。




 ☆




「なるほど。我が研究会に入会し、魔導具づくりのために工具を使いたい、と」


 先ほど私を制止した男子生徒……魔術杖研究会会長で『三年生』のロルフさんは、私たちの話を聞くとジロリとこちらを見た。


 今私たちはカウンター裏の工房に通され、作業用の丸イスに座って向かい合っている。


 こちらが私を含め四人。

 一方、研究会の人たちは、向き合って座る会長さんの他に二人の部員が彼の横に立って話を聞いていた。


「はい。見たところ治工具も魔導具工房にあるものと同じですし、魔術杖の製作・修理であれば私もサークルに貢献できるのではないかと思います。その合間に、少しだけ他のものも作らせて頂ければ……と」


 私は、ちらりと作業場の方に目をやる。


 意外なことに工房の作業環境はとても良さそうだった。


 広さは教室の半分ほど。

 半地下構造の裏口からは光が射し込んでいて、お店側よりも明るいくらいだ。




「ふん。ウデに覚えあり、ということか」


 腕組みし、ふんぞりかえるロルフ会長。


 そんな彼に、傍らの二人が喜色満面で話しかける。


「会長、やりましたね! ついに待望の新人ですよっ!!」


「歴史ある研究会も僕らの代で終わりかと思ってましたけど、入会希望者が一気に四人も来るなんて……」


 うっ、うっ、と泣き始める部員たち。


(入会希望者は私だけ––––なんて言える雰囲気じゃないわね)


 私が笑顔を引き攣らせたときだった。


「魔導具づくりに長けた異国からの留学生。それも魔術杖の製作と修理もできる即戦力、か。……たしかに有望な人材だな」


 一人呟く会長さん。


 うん、うん、と頷く部員の先輩たち。


 そして––––




「だが断る」




「「ええーーっっ????!!!!」」


 会長さんの言葉に、二人の先輩の悲鳴が重なった。







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