第132話 ナタリーという少女
☆
『ナタリー・クランドン・グレイシャー』
それが私が知る彼女の名前。
グレイシャー伯爵の長男の娘で、両親が駆け落ちしたため市井で育てられたけれど、その両親が馬車で事故死。
一人遺された彼女は祖父に引き取られ正式に伯爵家の一員になった、という話を聞いたことがある。
平民として育ったためマナーに疎かったけれど、その天真爛漫さが良かったのか、私の婚約者だった第二王子アルヴィンの心を射止めることになった。
血統主義の王党派が担ぐアルヴィンと、父親が旧貴族とはいえ平民育ちのナタリー。
二人が親しくすることについて当初は苦言を呈する者もいたけれど、不思議なことにすぐに誰も何も言わなくなった。
王党派貴族の子女でさえも。
むしろアルヴィンの婚約者である私に対し、『愛想がない』、『何を考えてるか分からない』、『アルヴィン王子が可哀想』などと囁かれるようになってしまった。
最後には『第二王子にはナタリーの方がお似合い』とまで言われるようになってしまい、私はなぜ自分がそこまで言われるようになってしまったのか分からず、ますます研究室(自分の殻)に閉じこもるようになった。
そんな辛く、苦い記憶。
だけど、今なら分かる。
私と同い年のナタリーは、宰相のオズウェル公爵が自らの権勢を盤石にするためにお膳立てした令嬢だったのだろう。
そもそもグレイシャー伯爵は、オズウェル公爵の外戚にあたる。
王党派が彼女のことを批判しなかったのも、今考えれば当然の話だ。
––––以上が、やり直し前の私が体験したこと。
本来であれば、『この時期の彼女』は王都サナキアの下町で両親と一緒に暮らしているはず。
こんな遠い異国の地にいるはずがない。
他人のそら似であれば、まだ納得できる。
だけど生徒会室で私たちに自己紹介した彼女は、こう名乗った。
「生徒会で書記をさせて頂いている、二年のナターリエ・バジンカです。よろしくお願いしますね」
そう言って、いそいそと紙とペンを用意するナターリエ。
どちらもゆるふわの金髪を持ち、瓜二つの容姿に名前までそっくりなナタリーとナターリエ。
二人が無関係とは到底思えない。
違いがあるとすれば、学年と雰囲気、そして出身地だろうか。
私が知るナタリーは、同学年で天真爛漫な性格だった。
一方、ナターリエと名乗る彼女は、一つ上の学年で落ち着いた雰囲気を漂わせている。
ルーンフェルト魔術学校は入学に年齢制限を設けていないから、同い年で学年が違うというのはあり得る。
では、性格や雰囲気はどうだろう?
天真爛漫な子が大人っぽく振る舞うのは無理だろうけど、逆はできるかもしれない。
そして、出身地。
やり直し前のナタリーは、王都サナキアの下町育ちという『設定』だった。
一方で目の前のナターリエは、名前から察するに西方の出身なのかもしれない。
具体的には、ハイエルランド北西のブランディシュカ公国や、そこから海を超えた先にある『帝国』……ライラナスカ帝国傘下の諸国家群。
仮に公国出身であれば、オズウェル公爵がナタリーの出自を偽ってグレイシャー侯爵家に身請けさせたという可能性も、ゼロではないだろう。
(そう考えると、すごく怪しく思えてくる……)
私が思考の海に沈んでいたときだった。
「レティアさん、レティアさんっ!」
「えっ?」
リーナに呼ばれ、はっと我に返る。
視線を上げると、生徒会長のエリク王子を含め、会議机を囲む皆の視線が私に集中していた。
「すみません! ぼうっとしてました」
謝る私に、隣のアンナがフォローしてくれる。
「オリガさんがフレヤ嬢を平手打ちした理由について、会長さんが私たちに質問されたんです」
「ああ、それなら『彼女がヘルクヴィスト侯爵家のことを貶したから』……よね?」
私がオリガに尋ねると、本人は短く「そうよ」と答えた。
自身の魔力が少ないことをバカにされてもじっと堪えていたオリガ。
そんな彼女が手をあげたのは、大切なものを貶されたからだろう。
私だって家族のことを貶されたら、何かしらの反撃をしたと思う。
「私もレティアと同じ意見です」
アンナが私に同意し、それにセオリクとリーネ、レナが続く。
セオリクに至っては、具体的にフレヤがどんな物言いをしたのかまで具体的に説明してくれた。
「なるほど。オリガ嬢側の証言は一致しているな」
私たちの話を聞いた生徒会長は、今度はフレヤたちの方に顔を向けた。
「それでフレヤ嬢。彼女たちの話に異論はあるかい?」
「そんな……。私は貶すつもりなんて……」
そう言ってぷるぷると震えるフレヤ。
「では、ヘルクヴィスト家門について前向きでない発言をしたことは認めるんだね」
「…………………………………………はい」
長い沈黙のあと、フレヤは小さな声で肯定した。
「北のヘルクヴィストと南のアストリッド。ともに魔術の名門である両家が、内政や外交政策を巡ってしばしば意見対立していることは知っている。だがそれは、あくまで政治の場での話だ。その子女が学園にまで対立関係を持ち込むのは許されない」
エリク王子はそう言うと、結論を述べた。
「フレヤ嬢は他の生徒の出自について前向きでない発言をした件で、オリガ嬢はそれに暴力をもって応じた件で、それぞれ校則違反があったと思われる。この件は速やかに職員会議に報告して判断を仰ぐことになるけれど、正式な処分が下るまでは生徒会預かりとし、両者に自室での謹慎を指示するものとする。––––異議はあるかな?」
「……ありません」 「指示に従います」
事件の中心にいた二人は会長の判断に異議を唱えることはなく、私たちもそのまま解放されたのだった。
☆
「私の問題に巻き込んでしまって、悪かったわ」
寮への帰り道。
生徒会室での聴取のせいで午後の授業ももう終わりかけということで、私たちはオリガに付き添って歩いていた。
そんな中、彼女の口から漏れた仲間たちへの謝罪の言葉。
その言葉に内心驚きながら、私は彼女にこう言った。
「オリガは悪くないわ。家族のことをあんな風に言われたら、私でもああしたと思うもの。それに、フレヤさんは私たち全員を馬鹿にする物言いをしてたから、他人事でもないしね」
「……そう」
「そうよ」
「…………」
黙ってしまうオリガ。
彼女は、何を考えているんだろう?
そんなことを思ったときだった。
「なあ、侯爵家のお嬢さまよ。あのバカ女に言われっぱなしでいいのか? このままだと、本当に家門の名に傷がつくかもしれないぜ」
一番後ろを歩いていたセオリクが、爆弾を落とした。
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