第131話 オリガの秘密

☆リータの名前を『リーネ』に、オリヴィアの名前を『オリガ』に変更しました。(4/14現在、修正途中です)






 


 ☆



 賑やかな食堂で起こった、オリガとフレヤのトラブル。


 ことの発端は、食事をしながら打合せをしていた私たちを見かけたフレヤが発したひと言だった。


「あら、無能な子が誰とつるんでいるかと思ったら、ヘルクヴィストのオリガ令嬢じゃありませんか」


 その言葉に、オリガがじろりとフレヤと取り巻きたちを一暼する。


「…………」


 無言のオリガ。


「ちょっと、こちらが挨拶しているのだから、挨拶を返すのが礼儀ではなくて? それとも北部ではそれがマナーなのかしら」


 苛立つフレヤ。


 そんな彼女にいつものように顔を顰めたオリガは、冷たい声で言った。


「今の言葉のどこが挨拶なのかしら。確かに『ご挨拶』な物言いではあったけれど」


 誰かが噴き出し、笑いをこらえる音が聞こえる。


 その声にフレヤの顔が赤くなった。


「っ……まあいいわ。そういえば貴女、あのウワサは本当だったみたいね?」


「…………」


 すっと目を細めるオリガ。


「昨日の実技の時間に倒れたらしいじゃない。––––魔力切れで」


 皮肉めいた笑みを浮かべ、オリガに顔を近づけるフレヤ・アストリッド。


 オリガの表情が目に見えて厳しくなる。


「『ヘルクヴィスト侯爵家の末娘は魔力なし』。そんなウワサを聞いた時は、まさかと思ったけど……。『豪炎』のうちに並ぶ『氷結』のご令嬢がたった三回の魔術発動で魔力切れを起こすなんて、驚きよね!」


 大げさに、面白そうにそんなことを言うフレヤ。


 これは、わざとだろう。

 わざわざ皆に聞こえるように。

 オリガを晒し者にするために。


 見かねた私は口を開こうとした。


「あなたねえ––––」


 が、隣のオリガが、ぎゅっ、と私の腕を掴む。


「オリガ?」


 フレヤを睨んだまま、私の腕を掴み離さないオリガ。


「分かった。黙ってるから」


 私がそう言うと、彼女はすっとその手を離した。




 フレヤが言っていることは、事実だ。


 昨日の魔術の実技の授業。


『魔術を続けて五回発動する』という課題で、オリガは三発の氷弾を連続発動して正確に的に当てた直後、崩れ落ちた。


 慌てて駆け寄る私たち。


 状況から魔力酔いの可能性が高いと判断した私は、彼女に直接触れて体内の魔力の状態を確認した。


 その結果分かったのは、彼女が突然倒れた原因は、魔力酔いではなく魔力切れだということだった。


 私が見たところ、オリガの保有魔力量はおそらく市井の人と同じくらい。

 本来なら、魔法や魔術を発動することすら厳しいはずだ。


 彼女が自己紹介で自分の弱点を言いたがらなかったのも、もっともだった。


 その後、医務室で目を覚ましたオリガは、看病していた私たちに『自分をグループから外すよう先生に頼むつもりだ』と言った。


 自分がいれば足を引っ張るから、と。


 そんな彼女を皆でなだめ、私やセオリクが一向に魔術を使えなかったり、リーネの魔術のコントロールが相変わらず甘かったりする問題も含めて話し合おう、ということにして、こうして集まっていたのだった。




 話を『今』に戻す。


 フレヤの挑発に、沈黙をもって応えたオリガ。


 だが相手の令嬢はそれを良いことに、更に挑発をエスカレートさせた。


「やっぱり無能な子の周りには、それなりの人間が集まってくるのね。外国人に手癖の悪い子、挙げ句は魔力なしの貴族令嬢って。大道芸の一座でも始めるつもりかしら」


 そう言って私たちをせせら笑うフレヤ・アストリッドと取り巻きたち。


 そして彼女は、オリガの大切なものを侮辱した。


「最近、北部の国境地帯が騒がしいと聞くけど、貴女の話を聞いて納得がいったわ。かつては我がアストリッドと双璧をなした『北の守り』ヘルクヴィストが、そのザマじゃあね」


 それは、一瞬のことだった。


 パンッ!! と辺りに響く破裂音。


「今の言葉、取り消しなさいっ!!」


 立ち上がったオリガは、フレヤを睨みつけ、そう叫んだのだった。




「なっ、なっ、何するのよっ!?」


 フレヤが頬を押さえて怒鳴り返し、辺りが騒然とした時だった。


「何事だ?!」


 上級生と思しき黒髪の男子生徒が、他に二人の男女を連れてやってきた。


 周りの女子生徒たちがざわつく。


「見て、エリク第一王子殿下よ」


「え、生徒会長の?」


「素敵よねぇ」


 ––––そういえば。


 この間、クラスの女子たちが噂しているのを聞いた気がする。


 二年の『ドラーゲ(竜)』クラスに、この国の王子様が在籍していて、今期は生徒会長を務めている、と。


 それがつまり、彼のことか。


 件の王子様は私たちのところまで来ると、争っていた二人の顔を見て眉を顰めた。


「生徒会のエリク・ノルダールだ。……アストリッドにヘルクヴィスト。我が国の支柱たる両家の令嬢が、一体何を言い争っている?」


 フレヤとオリガの顔を見て、一目で家門を言い当てた王子様。


 どうやら相当優秀な人らしい。


「…………」

「…………」


 沈黙する二人の令嬢。


 その時、傍らに控えていた金髪の女子生徒が、エリク王子に進言した。


「会長。ここではなんですから、生徒会室に場所を移してはいかがですか?」


 …………え?


「そうだな。悪いが君たち。全員、生徒会室に同行願おうか」


 有無を言わせぬ迫力でそう命じるエリク王子。


 だけど私の視線は、王子ではなく、その隣の女子生徒に釘づけになっていた。


 華やかな金髪(ブロンド)の美少女。


 柔らかな微笑を浮かべたその少女は、生徒会長に付き従って私たちに背を向ける。


(なんで…………)


「レティアさん。大丈夫ですか?」


 皆が立ち上がる中、イスに座り込んだまま動かない私に、リーネが声をかけてくれる。


 が、私は『彼女』を凝視したまま固まってしまっていた。


「レティアさん?」


 再び私を呼ぶリーネの声。


「…………」


 握った両手のこぶしが、震える。


 脳裏に、古い記憶がフラッシュバックする。



  ひとりぼっちの学園生活。

  私に嫌がらせされたと訴える女子生徒。

  皆の前で私を非難する婚約者。


 そして、断頭台に引き出された私を見下ろす、金髪の男と女。




 私は心の中で叫んだ。




 ––––なんで、あの子がここにいるの??!!







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