第49話 王の謝罪と『二つの望み』
突然、私の客室を訪れた王陛下。
私は動転しつつも、カーテシーの礼をする。
「身に余る光栄です、陛下。何もおもてなしすることはできませんが、どうぞお入り下さい」
「うむ。儂の勝手で前触れもなく訪れたのだ。気を遣わなくてよいのだよ」
陛下はそう言って微笑むと、客室に入ってきた。
その後に、困り顔のお父さまが続く。
「さて」
陛下は扉の方を振り返り、アンナと侍従たちに声をかける。
「儂はレティシア嬢とオウルアイズ卿に話があるのだ。すまぬが他の者は外してくれるか」
決して高圧的ではないけれども、有無を言わさぬ言葉で侍従たちを追い出す。
私は私で、ちらりとこちらに視線をよこしたアンナに、頷いてみせた。
いそいそと退室する、アンナと侍従たち。
他の者がいなくなったところで、父が扉を閉める。
陛下は扉が閉まるのを確認するとこちらを振り返り、立ち尽くしている私のところまで歩いて来ると、すっと腰を落とした。
「!」
驚く私。
が、陛下はそのままなんでもないように片ひざをついて私に目線を合わせる。
「レティシア嬢、具合はどうだね?」
「えっ、ええと…………おかげさまで、この通り元気になりました」
動転して、敬語が吹き飛んでしまう。
「そうか……。怖い思いをさせてしまったな」
陛下は目を細め優しく私の頬を撫でると、膝をついたまま背筋を伸ばした。
「レティシア嬢。昨日の我が愚息の凶行、誠に申し訳なかった。詫びて済む話ではないが……父親として謝罪させて欲しい。本当にすまなかった」
そう言って首を垂れる陛下。
私はますます動転する。
「へ、陛下っ、頭をお上げ下さいっ」
経緯が経緯とはいえ、一国の元首が小娘に頭を下げるなど、前代未聞。
私は一瞬、おかしな夢でも見ているのかと自分の頭を疑った。
が、目の前の光景は、どう見ても現実。
パニックになりかけながら、私はもう一度「陛下、どうか頭をお上げ下さい」と繰り返す。
そうしてこの国の元首は、やっと顔を上げてくれたのだった。
「『あれ』の教育を王妃に任せきりにしたのは、儂の間違いであった。公爵家門からの強い申し入れにより、向こうの用意した者たちを教育係としてつけたのだが…………強引にでも、中立の者を教育係としてつけるべきであった。今や、言い訳にすぎぬがな」
陛下はそう自嘲気味に呟くと、私の目を見つめた。
「令嬢は完全なる被害者だ。アルヴィンの凶行だけではない。飛竜の襲撃にしてもそうだ。儂は全く過失のない令嬢を、二度も危険に晒してしまった。そこで––––」
陛下はわずかに躊躇うと、その言葉を口にした。
「二つ、令嬢の望みを叶えよう。なんでも良い。儂の手が届くことである限り、全力でその望みを叶えよう」
「えっ…………?」
予想だにしない陛下の申し入れに、私の頭はフリーズしたのだった。
あまりのことに私が言葉を失っていると、陛下は私の頭を撫で、立ち上がる。
「儂の用件は、以上だ。返事は急がなくとも良い。望みが決まったなら連絡しておいで」
陛下はそう言って微笑むと、
「では、また会おう」
と言って、父を連れて部屋を後にしたのだった。
☆
陛下とお父さまが部屋を出て行ってしばらく。
私はその場で茫然と立ち尽くしていた。
膝をつき謝罪した陛下。
叶えると言われた、二つの望み。
確かに、私は二度にわたって命の危機に晒された。
でもそれは、陛下の責任じゃない。
飛竜による襲撃はオズウェル公爵をはじめとする一部王党派と公国による謀略だったし、馬鹿に斬りつけられたのもアレの逆恨みだ。
『その機会を作り、予防措置を取れなかった』という意味では陛下にも間接的には責任があるだろうが、一国の王が膝をつき謝罪するほどのことではないだろう。
「陛下はお優しい方ではあるけれど…………あの言葉を、額面通りに受け取ってよいものかしら?」
それからしばらく、私はそのことについて頭を悩ませることになったのだった。
☆
その日の午後。
私はお父さまとヒューバート兄さまとともに、エインズワースの屋敷に帰る伯爵家の馬車の中にいた。
ちなみにアンナは、御者の隣に座りご機嫌だ。
どうやら彼女は結構な乗り物好きであるらしい。
さて。
せっかく父と兄と三人で話せるようになったので、私は早速二人に『二つの望み』について相談することにする。
私が「陛下の言葉を、言葉通りに受け取って良いものか悩んでいる」と伝えたところ、父はこともなげにこう言った。
「あれは、お言葉の通りだろう。陛下は虚言を弄される方ではない。レティの望みを伝えれば、実現可能なことは何でも叶えて下さるはずだ」
「「え…………」」
ヒュー兄と私は、思わず父の顔を凝視した。
「でも、そこまで言って頂ける理由が私には分かりません。いくらお詫びだと言っても、あまりに過分なのではありませんか?」
「ふむ……」
考え込むお父さまとお兄さま。
しばらくして、ずっと考え込んでいたお兄さまが、はっとして顔を上げた。
「––––そうか。陛下がレティにそんな提案をした理由、ひょっとしたら分かったかもしれない」
「え?」
首を傾げる私。
そんな私を見て、ヒューバート兄さまはわずかに苦笑する。
「要するに、何がなんでも『レティを失いたくない』んだよ」
「私を、ですか?」
「ああ。いまいちレティ自身は自覚がないみたいだけど、今や君はこの国の英雄で、天才魔導具師で、王国の最高戦力なんだ。もし今回の件でレティが外国に逃げることにでもなれば、その損失は計り知れない。まして他国からの攻撃と貴族の分裂で、国内が不安定になっているタイミングだ。陛下としては、何がなんでもレティをこの国に引き留めておきたいのさ」
「「おおーー!!」」
次兄の説明に思わず感嘆の声をあげる、お父さまと私。
「確かに、そういう理由なら理解できる」
「納得できますねっ」
ヒューバート兄さまの観察力、背景を読む力は、おそらくうちの家族で一番だ。
上のグレアム兄が『武』に秀でているとすれば、ヒュー兄は『智』に優れていると言えるだろう。
「そういうことならば、遠慮せずに陛下にご相談してみましょうか」
「何か、望みがあるのかい?」
私の反応を見て尋ねる父。
私は大きく頷いた。
「はい。実は、このようなことをお願いしてみようと思うのです」
私は先ほどから考えていた『望み』のことを、二人に話したのだった。
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