第48話 二度あることも、三度目でおしまい
☆
廊下の端に姿を現した王陛下。
その横には、グレアム兄様が数名の騎士とともに付き従っている。
一喝した陛下は、グレアム兄と騎士を引き連れ、足早にこちらに歩いて来た。
「へ、陛下っ!!」
剣を抜いたまま、驚きとまどう近衛たち。
どこかの馬鹿王子は、先ほどからへたり込んで茫然としている。
一方で私たちを守る第二騎士団の騎士たちは、その場で、すっ、と片ひざをついた。
父は立礼をもって陛下を迎え、私も礼をしようとして––––
「……っ」
「レティ?!」
足が震えてカーテシーができず、その場に座り込んでしまう。
「大丈夫か、レティ?」
ヒュー兄さまが横で膝をつき、背中をさすってくれる。
「だ、大丈夫……」
そう言いながら––––俯き見つめた先の床に、ポタポタと雫がこぼれ落ちるのに気づく。
(え……?)
いつの間にか、目から涙があふれていた。
その熱い滴は次から次に湧き出し、止まらない。
「レティ?」
「レティっ!」
私の名を呼ぶ二人の声。
「あ、ああ……」
父が私を抱きしめる。
伝わるぬくもり。
二人の声。
(そうか、私…………)
「あああああああっ」
(……………………怖かったんだ)
「ああああああああああああああああ––––っ!!!!」
私は父の胸に顔をうずめ、思いきり叫び泣いた。
☆
それからどんなやり取りがあったのか。
詳しくは知らない。
父の胸で大泣きした私は、どうやらそのまま気を失ってしまったらしかった。
後から聞いた話では、私に斬りかかった馬鹿王子はそのまま自室に連れて行かれ蟄居、私たちに剣を向けた5人の近衛は地下牢に放り込まれた、ということだった。
もちろんこれらは、正式な捜査が行われ処分が決まるまでの仮の処置。
それでも、あの野蛮な人たちが拘束されたという事実は、私の中の恐怖をいくらかでも和らげてくれたのだった。
––––まあ、それはそれとして。
王城で気を失うのは、これで三度目だ。
それも全部、あの馬鹿王子がらみ。
二度あることは三度あったけれど、さすがに四度目は遠慮したい。
公爵は死刑が確定し、馬鹿王子は自爆した。
怖い思いをしたけれど、三度目の正直という言葉通り、この問題もこれで終わりにする。
私が王城で倒れることは、二度とないだろう。
☆
––––夢を見ていた。
暖かい夢。
内容はもう覚えていないけれど、父がいて、二人の兄がいた。
アンナがいて、ココとメルもいたのを覚えている。
そして、もう一人。
(あれは…………)
目を開けた私は、ぼんやりと天井を見ていた。
カーテンが引かれた薄暗い部屋。
天井……ベッドの天蓋の裏には、見たことのない草花の模様が描かれている。
「…………ここ、どこ?」
呟いた私に、傍らの椅子に腰掛けていた誰かが、はっとしたように立ち上がり、手を伸ばした。
「ご気分はいかがですか? お嬢様」
聞き覚えのあるその声の主は––––
「……アンナ?」
「はい。お嬢様のアンナですよ」
優しく私の頬をなでるその手に、自分の手を添える。
ひんやりとしたその手に、心が落ち着く。
「ここは、どこ?」
「王城の客室です。隣の部屋に旦那様が、また別の部屋にヒューバート様も滞在されてますよ」
「でも、どうしてアンナがここに? 入城許可なんて簡単に下りないでしょうに」
私は首を傾げた。
もしここが王城なら、私の侍女であるアンナがいるのはおかしい。
王城には相応の格式と、その格式に基づいた厳しいルールがある。
いくら客人であっても、王城の客室にその侍女が入ることは、基本的にない。
他国の王族ならいざ知らず。
私が首を傾げていると、私の侍女はにっこり微笑んだ。
「昨日の夕方、お屋敷にお城から遣いの方が来られたんです。旦那様からの言伝で『すぐに登城して、お嬢様に付き添うように』と。王陛下の名前入りの入城許可証なんて、初めて見ました」
「––––そう。そういうことね」
「はい。そういうことです」
呟く私に、アンナがにこにこして頷いた。
多分、私の『そういうこと』とアンナの『そういうこと』は意味合いがちがうと思うのだけど。
それを口にするのも無粋なので、私は代わりにこう言った。
「アンナがいてくれてほっとした。……一緒にいてくれて、ありがと」
気恥ずかしくて視線を合わせずにそう言うと、アンナは目を見開いて大きく息を吸い、
「もおっ、レティシアお嬢様、可愛すぎますっ!!」
がばっ、と勢いよく私に抱きついてきたのだった。
☆
20分後。
私の客室には、二人の来訪者がいた。
「大丈夫かい、レティ?」
心配そうにそう尋ねるお父さま。
「落ち着いたかい?」
不安げに微笑むヒューバート兄さま。
私は二人に頷いた。
「はい。ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫ですっ」
そう言って、笑顔でぎゅっと両のこぶしを握ってみせる。
「レティ……」
そんな私を抱きしめるお父さま。
––––あったかい。
そして、恥ずかしい。
「パパ、兄さま、私は本当に大丈夫ですからっ」
「無理をしなくて、いいんだからね」
そう言って頭をなでるヒュー兄さま。
「む、無理なんてしてません!」
頬をふくらませて抗議すると、二人はやっと笑顔になったのだった。
「陛下が、お前が快復したら内々に話がしたいと仰ってるんだが、どうする?」
客室に運んでもらった軽食を頂きながら、三人で丸テーブルを囲む。
父の問いに、頷く私。
「私は構いません。身なりを整えましたら、すぐにでもお伺いできますよ」
昨日の件のお詫びと、宿泊のお礼も申し上げなければならない。
ちなみに今の私は、寝巻きのままだ。
着替えようとしたら、みんなから『焦らなくていい』と止められてしまった。
「それでは、食事が終わったら陛下に一報入れることにしよう」
「はい。そのようにお願いします」
私がそう返すと、父は優しく頷いたのだった。
☆
ところが、である。
食事を終え、ようやく身支度が終わった頃。
私の客室の扉をノックする者があった。
顔を見合わせる、私とアンナ。
「お父さまか、お兄さまかしら?」
「出ましょうか?」
「ええ。お願い」
私の頼みに頷いたアンナが、扉に向かう。
「お待ちください。今、開けますので……」
そう言って扉を開けたアンナは、絶句した。
「へっ……?」
文字通り固まる、私の侍女。
「レティシア嬢と面会したいのだが、構わんかね?」
聞き覚えのある声に、私は勢いよく椅子から立ち上がる。
そうして小走りで扉の前に向かった私は、そこに立つ人物を見て思わず叫んだ。
「へ、陛下っ?! どうしてこちらに???」
陛下の後ろで首をすくめる父。
その様子に、なんとなく事情を察する。
「なに。こうするべきだと、儂が判断したのだよ」
この国の元首にして、最高権力者。
ハイエルランド王国国王、コンラート二世陛下は、そう言って微笑んだのだった。
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