第47話 対峙

 


 ☆



 斬りかかってきた犯罪者の目の前でその剣を砕き、声も荒げず優しく諭した私。


 腰をぬかして半べそでへたり込む『それ』を前に、私は『さて、どうしたものか』と首を傾げた。


「お父さま。こういう場合、どうすれば良いのでしょう?」


「え? ……あ、そ、それよりも、ケガはないか?! レティ???」


 私が振り返ると、茫然としていた父が、はっとしたように尋ねてきた。


「はい。ココとメルが護ってくれましたので」


 にっこり微笑んでみせると、お父さまとヒューバート兄さまは安堵のため息を吐いた。


「よかった。肝が冷えたよ」


 そう言いながら、へたり込んだ罪人を睨みつけるヒュー兄。


 父も『それ』に険しい視線を向ける。




「それより、こんなことになってしまった訳ですが、私たちはどうしたら良いのでしょう?」


 再びこれからのことを尋ねると、父は「そうだな」と呟いて考え込んだ。


「…………」


 しばらくして、先に口を開いたのは兄だった。


「父上。我々としては、元老院に本件の調査を請求するほかないのではないですか? 王城での出来事とはいえ、まさか近衛に調査権限はないでしょう」


「––––そうだな。官憲に王族を逮捕する権限はないが、王族も王国法には縛られる。元老院に違法行為の調査請求を上げれば、陛下と元老院代表者による調査・聴聞会が開かれ、そこで処遇が話し合われることになるだろう」


 思案しながらそう返した父は、顔をあげて私たちを見た。


「––––だが差し当たっては、陛下への報告だ。侍従長を通して陛下にご報告申し上げることにしよう」


「「分かりました」」


 私たちが頷いた時だった。


「貴様ら! 何をしている!!??」


 廊下の先でこちらを見ていた人々をかき分けて、帯剣した男が数名、ガチャガチャとこちらに走ってきた。




 ☆




「––––殿下っ!!」


 先頭の男がそう叫ぶと、馬鹿王子に駆け寄る。


「貴様ら、殿下に何をしたあ!!??」


 続く4人の男たちが私たちを取り囲み、正面の大柄な男が恫喝するように吠えた。


「……近衛か」


 父が正面の男を睨みつける。


 男たちはチェインメイルの上に上衣を羽織っていたが、その上衣に刺繍された紋章には私も見覚えがあった。


 父の言った通り。


 あれは第一騎士団の紋章。

 私にとっては、見るだけで吐き気がする紋章だ。

 その背景には、近衛を表す盾の図案が描かれている。


「……はっ、……はっ」


 未来の記憶がフラッシュバックする。


「大丈夫かレティ?!」


 腕をまわし、私を守るように抱きしめる兄。


「……だ、大丈夫…………」


 兄の腕の温かさに、動悸はしだいに落ち着いてくる。


「二人とも私の後ろに」


 父はそう言って前に進み出ると、声を荒げた大柄な騎士と対峙した。




「私たちは何もしていない。殿下が突然、私の娘に斬りかかったのだ」


「嘘をつくな! どう見ても被害者は殿下ではないか!!」


「嘘ではない。凶器の剣がそこに転がっているだろう」


「ああん?」


 足元に目をやる近衛たち。


「っ!? これは殿下の……っ!!」


 大柄な男は、もはや刀身を失った剣の柄の部分を見ると、顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ。


「やはり貴様らが加害者ではないか!! ––––衛所で話を聞かせてもらうぞ!!!!」


 そう怒鳴り、父の腕を掴もうと手を伸ばす。


「!?」


 その瞬間、相手の巨体が宙を舞った。


 ドスンッ!!


 床に叩きつけられた相手は、一瞬のことに何が起こったのか分からないらしく、目をパチパチさせて茫然としている。


「貴様ぁあ! 抵抗するかっ!?」


 シャイン、という音とともに剣を抜く男たち。


 父は私たちを壁の方に下げさせながら、近衛たちの前に立ちはだかった。


「貴殿らは、まずは状況をきちんと確認すべきだろう。その確認もしないまま被害者を力づくで連行しようとし、あまつさえ武器も持たぬ相手に剣を抜くとは…………騎士の誇りを忘れたか!!」


 一喝する父。


 怯む近衛。


 その時だった。


「おい、やめないか!!」


 新たに3人の騎士が、私たちと近衛の間に割って入った。




 ☆




「レティシア嬢、オウルアイズ伯、お怪我はありませんか?!」


 そう問いかける彼らが纏うのは、グレアム兄様と同じ第二騎士団の制服。


「ああ、大丈夫だ」


 父が頷くと安否を尋ねた若い騎士は、兄に守られ縮こまっている私を見て目を見開いた。


 彼は––––彼らは、私たちを背に近衛に向き直る。


「おのれ下衆ども! 我らが恩人に何をするか!!!!」


 剣を抜かず、ただ気迫のみで5人の近衛に相対する3人の騎士。


 その姿に、私は思わず泣きそうになる。


 一瞬怯んだ相手は、先ほど父に投げられた大男に手を貸して立ち上がらせると、距離をとり、あらためて私たちに向けて剣を構えた。


「……平民あがりの似非騎士どもめ。第二王子殿下に危害を加えた者たちに加担するつもりか?!」


「何を馬鹿なことを! 聞けば、丸腰のレティシア嬢にいきなり剣を抜かれたのは、殿下だという話ではないか!!」


「黙れっ! ここ王城は、我ら近衛の管轄。邪魔するならば、実力で排除する!!」


 人数に任せて私たちを囲み、じりじりとその輪を縮め始める近衛たち。


(このままじゃ、けが人が出る)


「ココ! メル!」


 二人に魔力を通し、3人の騎士の頭上に浮かべる。


 もし近衛が斬りかかってきたら、自動防御(オートディフェンス)が発動するように。


 額から、汗が流れた。



 その時––––、



「お主ら、何をしておる!!」



 廊下に、聞き覚えのある威厳たっぷりの声が響き渡った。




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