第50話 望んだ二つのこと
☆
帰宅した翌日。
私は再び父と城に来ていた。
これで三日連続のお城訪問・滞在だ。
「まさか、昨日の今日で謁見が叶うなんて思いませんでした」
侍従に先導され王城の廊下を歩きながらそう言うと、お父さまはくすりと笑った。
「ヒューバートの予想が当たったな」
そう。
昨日馬車の中で、陛下が仰った『二つの望み』について二人に相談したあと。
帰宅した私は、早速謁見申請の手紙を王城に送ったのだった。
その時、ヒュー兄さまは「返事は早いと思うよ」と笑っていたのだけど––––なんと翌朝、つまり今朝には城から遣いが来て、謁見の時間を伝えてきたのだ。
これには私もお父さまも耳を疑った。
オズウェル公爵の裁判が結審し、王妃を含む王党派貴族への取り調べが今日から本格化する。
陛下も相当にお忙しいはずなのだけど、それでも私に時間を割いて下さるというのだ。
ヒュー兄さまの『陛下は、私(レティシア)を外国に逃がしたくない』という見立ては、やはり正しいのかもしれない。
「『望みは何でもよい』とは言って頂いてますが、なんだかやっぱりドキドキしますね。不敬にならないと良いのですけど……」
私がそう言うと、お父さまは苦笑した。
「大丈夫。あの内容ならば失礼にはならないよ」
「それでも、緊張するものは緊張するんです」
ぷくー、と頬を膨らませる。
父は、ふっ、と笑うと、そんな私の頭をよしよしする。
「いずれにせよ、せっかく陛下が下さった機会だ。お前の思いを率直にぶつけてみなさい。それがどんなことであっても、あの方は受け止めて下さるさ」
「分かりました。頑張ってみます!」
ふん、と両のこぶしを握ってみせる。
微笑み頷くお父さま。
「それにしても、お父さまは陛下のことを以前にも増して信頼されているのですね」
「ああ。この一ヶ月、何度も膝をつきあわせて相談させて頂いたからな。陛下のお人柄に感じ入るものもあるさ。王としても、父親としても、な」
たしかにお父さまはこのひと月というもの、五日に一度のペースで王城を訪れていた。
それも陛下やジェラルド殿下に報告と相談をするために、だ。
ひょっとすると、相手を信頼しているのは父だけではないのかもしれない。
あの襲撃の日。
陛下を守るために真っ先に駆けつけた父と、殿下を守り続けた兄。そして皆を守ろうとした私。
そんな私たちの行動が、中立派たるエインズワース家への陛下と殿下の信頼を勝ち取った。
––––そんな気がしたのだった。
☆
数分後。
父と私は、王陛下の執務室にいた。
謁見の間ではない。
執務室である。
この部屋に入ることができる人間は、国内でも数えるほどしかいないはず。
そんな部屋のソファで、この国の元首と向かい合って座った私は、顔に笑みを貼りつけ内心で笑うしかなかった。
(あははははははははは……)
「望みが決まったと手紙に書いてあったが、昨日の今日で本当によいのかな、レティシア嬢?」
陛下がやんわりと私に確認する。
私はあらためて背筋を伸ばし、陛下の目をまっすぐ見て頷いた。
「はい。昨日陛下からお言葉を頂いてから、よくよく考えて決めました。これから申し上げる内容で変更も後悔もございません」
「––––そうか。ならば聞こう。レティシア・エインズワースよ。そなたは儂に何を望む?」
陛下の問いに私は大きく息を吸い、静かに吐き出した。
「一つ目の望みは、『今後、私と私の家族が政争に巻き込まれないようご助力頂きたい』ということです」
「政争?」
意外だったのか、目を見開く王陛下。
「はい。派閥しかり、政略結婚しかりです。我がエインズワースが中立の立場で王国に献身できるよう、陛下が必要と思われる時に、必要と思われるご助力を頂ければ、と存じます」
私の言葉に、陛下が思案する。
「ふむ。私が必要だと思わなければ何もしなくて良い、ということかな?」
「もちろんです。ただ、王党派が力を失い貴族の勢力バランスが大きく変わるであろう現状では、陛下に御助力頂く機会が増えてゆくと考えております。––––はっきりと申し上げれば、父や兄、私に近づこうとする方が、増えるのではないかと」
「なるほど。そういった輩から距離を置きたい、ということか」
納得顔になる陛下。
「はい。派閥による政治的圧力や、政略結婚の圧力から守って頂きたいのです」
念を押す私の顔を、まじまじと見る陛下。
やがて––––
(「ふっ」)
何やら音にならない音を立てて噴き出す陛下。
「陛下?」
「––––わかった、わかった。エインズワース家に派閥からの圧力や、『王家を含め』政略結婚の話が行かないよう、十分気を配るとしよう」
そう言って陛下は、手のひらで顔を押さえて笑いをこらえる。
思わずむくれる私。
うちの家にとっては、非常に大切な話なのだ。
そんな私の顔を見た陛下は、私の肩をぽん、ぽん、と叩いた。
「すまんな。レティシア嬢の気持ちを尊重しよう。––––それで、二つ目の望みは何かな?」
私は気を取り直し、二つ目の望みを口にした。
「二つ目は、今回の事件の処罰を含め、法による統治を一層進めて頂きたい、ということです」
「法による統治?」
私の言葉に、一転して真剣な顔になる陛下。
「はい。権力を持つ者も、持たぬ者も、法の下で平等に扱われなければならないということ。そして、罪を問われるのは本人だけで、その係累や関係者を連座させてはならない、ということです」
脳裏に浮かぶのは、アンナたち使用人が処刑される姿。
あんなことは絶対にあってはならない。
例え公爵家の関係者であっても。
私の言葉に、陛下は思案して口を開く。
「ふむ。今回の処罰については了解した。だが先日の裁判もそうだが、すでに我が国では法による統治を行なっている。また王国法では連座も禁止しておるのだが、それでは足りないということかな?」
陛下の仰ることは正しい。
確かにこの国は法による統治を行っている。
だけど––––で、あれば、なぜ、巻き戻り前には即決裁判なるものが行われ、父や私が断罪されることになったのか。
そして、領地にいたヒューバート兄さまや使用人たちまでもが連座させられることになったのか。
「今回の裁判にあたり、私もあらためて王国法に目を通しました。その上で申し上げるのですが、一つ一つの法には大きな問題はないものの、裁判官と検事の任命について、特定の地位の者による恣意的操作の余地があるように思われるのです」
「恣意的操作?」
私の言葉に、目を鋭くする陛下。
「はい。裁判官の任命は陛下の権限ですが、候補者の推挙は最終的に宰相の手を経て行われておりました。また検事の任命も、実質的には宰相が行っておりました。このような状態で––––」
私は陛下を見る。
「オズウェル公爵の企みが成功し、宰相が新王の摂政となっていれば、どうなったでしょうか?」
ぎょっとした顔で私を見る陛下。
「宰相の息がかかった検事と裁判官が任命され、事件のでっちあげと偽証による、対抗派閥への粛清が行われたのではないかと思うのです」
実際、巻き戻る前にはそれが実行された。
元老院派は急速に力を失い、元老院はオズウェル公爵の言いなりに法を作り変える組織になり下がったのだ。
「逆に言えば、公爵はそのような見込みを持っていたからこそ、あのような蛮行に及んだのでしょう。もし制度がそのような介入を防ぐように設計されていたならば、ひょっとしたら公爵も犯行に踏み切れなかったかもしれません」
私の説明に、陛下は目を見開いた。
「それでは、どのような制度であれば、公爵の暴走を防げたというのだ?」
その目は、もはや優しいおじさんのそれではない。
国を率いる王の目だ。
私はその目をまっすぐ見返し、静かに答えた。
「司法、立法、行政の権限を明確に分け、相互に監視させるのです。元老院が宰相を選出し、罷免する。宰相が裁判官を指名する。元老院が、裁判官を裁く機能を持つ。裁判所が、元老院と宰相の違法行為を裁く権限を持つ。––––このような制度であれば、公爵の暴走は防げたのではないでしょうか?」
私の言葉に陛下はしばし考え込み、やがて顔を上げた。
鋭い視線が、私を射抜く。
「レティシア・エインズワース。––––お主は一体、何者だ?」
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