第20話 王城へ
☆
その日は、あっという間にやってきた。
父と二人、伯爵家の馬車に乗り王城へと向かう。
アンナもついて来たがったが、さすがに今日はお留守番だ。
準備は万端。
おとなしめのドレス。
ココとメルが入った肩掛けの小さなカバン。
魔導ライフルは磨きあげられ、楽器ケースを元に製作した革張りの収納ケースに収められて私の膝の上に載っている。
うん。
なかなかスタイリッシュに仕上がってる。
そして、軽い!
みんなで力を合わせて作った魔導ライフル。
限られた期間、限られた技術の中で、全力を尽くして創り上げた私たちの最高の武器。
今日私は、この銃で未来を変える。
私の魔導具師としての価値を王に認めさせ、第二王子との婚約などという誰の得にもならない王命を叩き潰すんだ。
武者震いで、ケースの上に置いた両手が震えた。
「大丈夫か?」
震える私に、向かいのお父さまが心配そうに尋ねる。
「怖かったら、私が代わってもいいんだぞ?」
お父さまの気遣いがうれしい。
でも、これは私がやらなきゃいけないこと。
設計者として。
開発責任者として。
そして、エインズワーズの娘として。
私は自分の手で、自らの価値を証明してみせる。
「ありがとうございます、お父さま。でも大丈夫です。必ずや私は私の価値を陛下に認めて頂きます」
献上品のデモンストレーションから爵位継承の申し入れまでの流れは、父と何度も打合せをした。
もう目を瞑ってても当てられるんじゃ? と思うほど射撃訓練もした。
あとは胸を張って示せばいい。
私の価値を。
そして、我がエインズワースの価値を。
「……そうか。頼もしくなったな、レティ」
父の眼差しに見守られ、私は窓の向こうに見えてきた王宮を見据えたのだった。
☆
馬車は城門をくぐるとそのまま城内に進み、やがて広々とした車寄せの一か所に停車する。
「さあ、行こうか。レティ」
父の手を借りて馬車を降りると、馬車の前には侍従が一人、私たちを出迎えに来ていた。
「オウルアイズ伯爵閣下、レティシア令嬢、お待ちしておりました。本日の謁見会場となる、第二練兵場にご案内致します」
恭しく頭を下げた若い侍従は、そう告げると私たちを先導する。
ひと月前に登城したときには建物の中に通されたけれど、今日は半露天の外周通路を案内される。
「今日は、外の廊下を歩くんですね」
私の言葉に、侍従が振り返る。
「はい。以前お越しになったときは謁見の間での面会でしたが、本日は本城の奥にあります屋外練兵場での面会と伺っております。少々距離がありますが、ご容赦頂ければ幸いです」
「構いません。献上品の試演を申し出たのはこちらですから。陛下のご配慮に感謝しております」
歩きながら、そんなやりとりをする。
野外での試射はこちらから言い出したことだ。
もとより不満などあるはずもない。
むしろ王はこちらの提案をよく飲んでくれたものだ、とも思う。
(––––婚約は本意ではなかったけれど、現王陛下には前世でもよくして頂いたのよね)
現王は、前世で私を死の運命に導くきっかけとなった人だけれど、私が王室に入るにあたって様々な配慮をし、言葉をかけてくれた人でもあった。
あの即決裁判と私たちの処刑にしても、現王が健在であったなら、きっとあんなことにはならなかったはずだ。
そう。健在であったなら。
第一王子が戦争で亡くなってからしばらくして、王は原因不明の病に倒れた。
介添えつきでかろうじて食事は摂れるものの、意識が混濁し、今自分が話している相手が誰かすら分からなくなる有り様だった。
間もなく、王太子となった第二王子が摂政に就任。
政治の実権を、第二王子の母方の叔父であり、現職の宰相でもあるオズウェル公爵が握ることとなる。
(考えてみれば、随分と王党派にとって都合の良い展開が続いていた気がする)
第一王子の戦死。
王の病。
第二王子の摂政就任。
以後、王党派による元老院派への締めつけが陰に陽に進むことになった。
我がエインズワース家の不幸も、それと軌を一にしている。
グレアム兄の戦死。
第二王子の『想い人』の登場。
そして、王太子爆殺未遂による父と私の逮捕と処刑。
思い返せば、不気味なほどタイミングが一致している。
そもそも上の兄は、戦場で第一王子を守ろうとして亡くなったのだ。
(まさか……)
背筋を冷たいものが流れた。
「ご足労頂きありがとうございました。こちらが第二練兵場となります」
案内してくれた侍従の言葉に、はっと我にかえる。
目の前には小学校の運動場ほどの広さの練兵場が広がり、大勢の騎士たちが木剣や槍に見立てた長い棒を打ち合わせていた。
魔力を持つ騎士は、10mほど離れた標的に向かって火球や氷弾を放ったりもしている。
もちろん王城の敷地内なので周囲は城壁に囲まれているのだが、なかなかの広さだ。
観覧スペースと思しきものまであった。
「間もなく陛下もお越しになりますので、少々お待ちください」
慇懃に頭を下げ、本城に戻って行く侍従。
さて、どこで待っていればいいんだろう?
私がキョロキョロと辺りを見回していると、父が一点を指差した。
「陛下は、あそこからご覧になるはずだ」
父が示した先は、先ほどの観覧席。
その中央のひさしがついたスペースが仮の玉座らしい。
「私たちはどこで待つのが良いのでしょうか?」
「陛下の目の前の、あの辺りだな」
父は玉座からそのまま見下ろしたあたりを指差す。
「とはいえ、陛下が来られる際には先触れがあるはずだ。それまではどこにいても良いだろう」
「分かりました。それでは、ちょっと下に降りて……」
私が試射する場所と的を確認しに行こうとした時だった。
「レティ、父上!」
背後から聞き覚えのある声が、私たちを呼んだ。
「グレアム兄さまっ」
振り返った私たちの前にいたのは、騎士服姿の二人の青年。
一人は上の兄のグレアム。
もう一人は、茶色の髪に印象的な青い瞳を持つ、涼しげな双眸の青年だった。
と、隣の父がすっと姿勢を正し、こうべを垂れた。
「ご無沙汰しております。殿下」
その言葉を聞き、私も慌てて片方の手でスカートの端をつまみ、カーテシーの姿勢をとる。
「顔を上げて下さい。オウルアイズ伯、令嬢」
優しげにそう声をかける茶髪の騎士。
私たちが顔をあげると、彼は苦笑まじりに続けた。
「この服を着ている私は、一介の騎士です。まして伯爵は第二騎士団の偉大な先達でもあられる。第五次ウッドランド戦争・ブイジーネ峡谷攻防戦における『疾風のブラッド』の活躍は、何度聞いても胸が熱くなりますよ」
「それは……卑小な身への過分な評価、身に余る光栄です」
一瞬目を丸くして、再びこうべを垂れるお父さま。
まさか、自分の若き日の通り名を、親子ほども歳の離れた王子の口から聞くことになるとは思わなかったのだろう。
そう。
今世では初めて出会う、目の前の男性は……
「ご令嬢。初めてお目にかかります。ジェラルド・サナーク・ハイエルランドと申します」
丁寧に立礼する青年。
そんな彼に私は、再びカーテシーで挨拶を返す。
「オウルアイズ伯爵家長女、レティシア・エインズワースと申します。––––お会いできて光栄です、第一王子殿下」
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