第7話 エインズワースの継承者
ハイエルランド王国において、貴族が複数の爵位を持つのは珍しいことじゃない。
実はうちも、二つの爵位を持っている。
ひとつは、オウルアイズ伯爵。
もう一つは、エインズワース男爵。
前者は領地を伴う爵位だけど、後者は領地を伴わない名誉爵位。
貴族を爵位名で呼ぶときは上位の爵位を使うため、領地を伴わない『エインズワース男爵』は、親族の間ですら話に出ることがほとんどなかった。
けれど、爵位は爵位。
オウルアイズは、グレアム兄さまが継ぐことが法律で決まっている。
エインズワースは、父の三親等以内なら男女問わず継ぐことができる。
つまり後者なら、私でも継承できるはずなのだ。
「考えたな、レティ」
勅許状から顔を上げた父は、やや興奮した様子で私を見た。父がここまで感情を表に出すのは珍しい。
「たしかに、この規定ならお前でも継承できるだろう」
父は再び腰を下ろすと、机の上に勅許状を広げた。
「しかし、よく男爵位のことを覚えていたな。近しい親族ですら知らぬ者もいるというのに」
「名誉爵位ではありますが、我が家創設の由来となった大切な爵位ではありませんか。少なくとも私は、軽んじて良いものだとは思いませんよ?」
「それはそうだが……。まさかお前が継承の規定まで把握しているとは思わなかったよ」
父の言葉に「実は……」と視線を外す。
「私も先生から聞いたのですが––––そもそもあの時代に発行された戦爵勅許状は、ほとんどみな同じ文面らしいのです。ですから、うちの規定も同じなのではないかと……」
「は?」
唖然とする父に、思わず苦笑した。
☆
エインズワース男爵。
元々平民だった我が家が得た最初の爵位。
そして王国史においては、建国戦争を勝利に導いた一人の天才魔導具師を指す言葉だ。
初代オウルアイズ伯爵イーサン・エインズワース。
今から二百年前。
現在の王都で魔導具師の長男として生まれた彼は、急逝した父親の跡を継いで若くして工房の親方となり、出征する弟のため1組の魔導武具を作った。
ひとつは、刀身に魔力の刃を纏わせ片手剣ながら両手剣の間合いと威力を持つ魔導剣。
もう一つは、魔力を纏うことで魔法をも防ぐ大盾となる
魔導武具と言えば、振ると一発だけ低威力の火球や風刃が放てる程度のものしかなかった時代のこと。
ベースの武具を強化するという新たな発想は、時代を超越したものだった。
その武具を着けて戦場に出た弟は鬼神のごとき活躍を見せ、やがて軍を率いるハイエルランド公爵……後の建国王の目に止まることになる。
武具の秘密を知った公爵はすぐに兄のイーサンを召喚。彼にエインズワース男爵位を与えて魔導具師ギルドをまとめさせ、同様の魔導武具を量産させた。
その後、新鋭の魔導武具を装備したハイエルランド公爵軍は、連戦連勝。
旧王国の暗君から王権を奪取した新王は、勝利に多大な貢献をしたイーサンにオウルアイズ伯爵位を与えたのだった。
––––以上がエインズワース家の成り立ち。
ちなみに『エインズワース』という名は元々は家名ではなく、代々うちのご先祖様が使ってきた魔導具工房の屋号だったりする。
☆
「……………………」
父はしばらく無言で考え込んでいた。
––––娘(わたし)がエインズワース男爵を継承する。
法的に問題がないことは確認できたはず。
あとは父が「色々ある」と言っていた、他の問題だろうか。
私は黙ったまま父の言葉を待つ。
目を閉じ、机に肘をついて考え込んでいた父は、やがて顔を上げた。
「レティ」
「はい、お父さま」
父と私の視線が交錯する。
「お前にエインズワース男爵位を継がせるには、一つ絶対に必要なものがある」
「なんでしょうか?」
「継承の理由となる、実績だ」
「実績……ですか?」
尋ねる私に、父は無言で頷いた。
「規定上、男爵位の継承者を指名するのは私だが、今回は王陛下からの提案を断っての指名になる。生半可な理由では『婚約を断る口実だ』と看破されるだろう。従って……」
「私は、自分が男爵位を継ぐに相応しいということを、誰もが納得する実績をもって証明しなければならない、ということですね?」
「そうだ。それも次に陛下に謁見するまでの、極めて短い期間でな」
そこまで言うと、父は深くため息を吐いた。
「王宮からは、お前の容体について度々問い合わせがきている。病み上がりということを考慮しても、先延ばしできるのはせいぜいひと月というところだろう。何か実績を作らせてやろうにも、あまりに時間が足りない」
どうやら父は、私のために実績を作る方法を考えてくれていたらしい。
その気持ちが素直に嬉しかった。
「実績というのは、例えば『誰も見たことのない画期的な魔導具の開発』などでも構わないのでしょうか?」
私の言葉に、父は目を見開いた。
「もちろん構わないが……そんなものが作れるのか?」
「実は、以前より構想を温めていたものがあります」
父との交渉に臨むにあたって、くまさん会議では私の『実績』の問題も議論していた。
そして、どんな魔導具を作るのかも。
今の私にはこの世界の経験だけでなく、夢の中の世界『日本』での技術者、宮原美月の知識がある。
何を、どう作るのか。
作るのにどんな材料が必要か。
どれだけの時間が必要か。
大体のことは見えている。
あと必要なのは…………
「お父さま、私に研究室を使わせて下さいませんか?」
「研究室を? もちろん構わないが……。しばらく使ってないから埃だらけだぞ」
「構いません。いい機会ですから掃除してしまいましょう」
思わず笑みがこぼれる。
この屋敷……王都の伯爵邸には、一軒の離れがある。
平屋建ての民家のような外観の建物は、実はエインズワース家の当主専用研究室。
私が前の人生で、プライベートの時間の多くを過ごした場所だ。
あの部屋には、オウルアイズ領の研究所ほどではないにしろ製図道具や魔導具製作用の工具が一通り揃っている。
短期間で魔導具を作るなら、研究室が使えることが絶対条件だった。
そしてもう一つ。
「王都の工房に、私に協力するよう通達を出して下さい」
エインズワース魔導具工房・王都工房。
王都サナキアの職人街にある中規模の工房で、かつて初代オウルアイズ伯が魔導武具を作ったという、我が家にとっての『始まりの地』だ。
今は販売した魔導具の修理・メンテナンス用の工房として営業している。
「……本気なのだな」
父はわずかに口角を上げた。
私はあらためて父に向き直った。
「エインズワースは代々魔導具づくりを生業とし、その開発によって世に認められた一族です。家名を継ぐに相応わしいということを、私は自らの
座ったまま、深々と頭を下げる。
顔を上げた時、再び父と視線が交わった。
父はふっと笑うと、小さく頷いた。
「分かった。今この時より三週間、我が家の総力をあげてお前を支援しよう。屋敷の設備、王都の工房、オウルアイズ領の工房と研究所、すべてに協力させる」
父は立ち上がり、こちらにやって来るとひざをついた。
その手が、私の頭を撫でる。
「やれるところまでやってみなさい。兄妹でも一番魔導具への想いが強いお前のことだ。きっとできるはずだ」
「パパ……!」
私は思いきり父に抱きついた。
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