第4話 お姫様抱っことテディベア

 

「大丈夫か? レティ」


 私を抱きしめたまま、尋ねる父。


「うん。……寝すぎたせいで力が入らないだけ」


「そうか」


 耳元で小さな安堵の吐息が聞こえた。

 この不器用な人がどれだけ私のことを心配してくれていたのかを、改めて実感する。


 そのとき、私と父の間で、くう、という音が響いた。


 体を離し、私の顔と……お腹のあたりを見る父。

 かぁ、と顔が熱くなる。


 いや、だって五日も飲まず食わずだよ。お腹のひとつくらい鳴るでしょう?


「あ、ええと……」


 恥ずかしさのあまり顔を背ける私。

 そんな私を父はひょい、と抱き上げた。


「えっ、え……???」


 私をお姫様抱っこしたまま、スタスタと歩く父。

 さすが元軍人。全く危なげない。


 父は私をベッドに寝かせると、その無骨な手で布団をかけてくれた。


「何か食べる物を持って来させるから、それまで休んでいなさい」


「うん。ありがとう、パパ」


「ああ」


 父は頷き、私の頰を撫でる。

 私は父のその手を捕まえ、両手で包んだ。


「ねえ、パパ?」


「なんだ?」


「…………私、アルヴィン王子とは結婚したくない」


 その瞬間、父は驚いたように目を見開いた。




 しばしの沈黙。

 父は目を細め何かを考えているようだったけれど、やがて口を開いた。


「その話は、まだ決まったことではないよ」


「でも、そうなるのでしょう?」


 父の目をまっすぐ見ながら、尋ねる。

 問われた父はわずかに逡巡し、私の目を見た。


「このままだと、確かにそうなる可能性は高い。アルヴィン殿下とお前の婚約は、王陛下直々の提案なんだ」


「お断りできないの?」


「不可能ではない。だが…………」


(『難しい』のね)


 父の途切れた言葉を補足する。


 それはそうだろう。相手は絶対権力者だ。それにうちの家の立場も考えなければならない。


 エインズワースは強力な魔導武具の開発と製作をもってハイエルランド独立に貢献し、伯爵に叙せられた建国の功労家だ。


 だけど、先々代の頃から新規魔導具の開発が徐々に停滞し、王国軍向けの魔導武具の生産は王立工廠に、民生品の魔導具は顧客を競合の工房に奪われ、今や弱小の武官伯爵家という位置にまで落ちてしまっていた。


 政治的な力もそれに伴って弱くなっている。

 王の意向を、相応の理由もなく拒否できる立場ではなかった。


 父は、考え込む私の頭を撫でた。


「レティ、お前の気持ちは分かった。良い方法を考えてみるから、今はゆっくり休みなさい」


「わかった。ワガママ言ってごめんね、パパ」


「構わないさ」


 父はもう一度私の頭を撫で、部屋を後にした。




 ☆




 父とのやりとりからしばらくして。


 私はベッドで半分だけ体を起こし、アンナにスープを食べさせられていた。


「はい、お嬢さま。あーん」


「じ、自分で食べられるから」


「ダメです。まだ熱いですし、体力も落ちてるんですから。今はおとなしく私に食べさせられてください」


 にこっ、と笑みを浮かべ、スプーンを私の口元に運ぶアンナ。

 有無を言わせないその迫力に、私はなすすべなく口を開けてしまう。


 ぱくっ


(あ、おいしい)


 空っぽだった胃に、温かいスープが沁み渡る。

 アンナはスプーンの背で軽くスープの表面をなでると、再びそれを掬って私の口に運んだ。


「はい、あーん」


 ぱくっ


 まあ確かにずっと寝ていたせいで、腕の筋肉も、胃も弱っているのだけれど。


 合わせて五十年分の記憶を持つ私は、気恥ずかしさで布団にもぐりたくなった。




「それじゃあ、ちゃんと休んでいて下さいね」


 アンナは半分だけカーテンを引いた後、空になったスープ皿が乗ったワゴンを押して退室する。


「はあ……」


 やっと一人になった私は、小さくため息をついた。


(とにかく今の状況を整理しないと。このままアルヴィン王子と婚約したら、私もみんなもまた処刑されてしまうわ)


 そう。

 このまま前と同じ道をたどれば、待ち受けるのは最悪の未来。


 私の無実を訴えながら断頭台にかけられた父。

 微笑みとともに絞首刑に処せられたアンナ。


 二度と。

 もう二度とあんな未来は見たくない。

 そのためなら、私は鬼にも悪魔にもなろう。


 それに今なら、数年後の防衛戦争で戦死してしまうはずの上の兄の運命も変えられるかもしれない。


「…………」


 私は枕元に寝かせていた二体のテディベア……ココとメルを手に取った。


 彼らは私の友達であり、家族。

 そして人には言えないけど、私の一番の相談相手でもある。


 私は二人に話しかけた。


「ココ、メル。あなた達の力を貸して」




 自分の両手を通じて、二人に少しずつ魔力を通してゆく。

 久しぶりの感覚。

 果たしてうまくいくだろうか?


 だが、そんな不安はすぐに払拭された。


 最初に動いたのは、左にいるココ。

 彼の右手が、ズビシ! とあがる。


 続いて右のメルが、ゆっくり左手をあげた。


(よかった。二人ともちゃんと生きてる)


 二人に手足を動かす魔導器を埋め込んだのは、今の時間軸で一年ほど前のことだ。

 魔導器はもちろん私のオリジナル設計。骨格型の魔導器を埋め込み、魔力を通すことで頭と手足を動かせるようにしてある。


 そして、こんなことも。


「えいっ」


 すっ、と浮き上がるココとメル。


(やったっ!)


 ふわふわと宙に浮かんだ二人を、くるくる回して手足を動かしてみる。


 パタパタ パタパタ


 ……なんか、すごく可愛い。


「こほん! それじゃあ、会議を始めましょうか」




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