第2話 夢の果て、時超えし再会①
初めてその夢を見たのは、幼稚園でお姫さまごっこをしていたときだった。
突然の白昼夢。
目の前で再生された『自らの処刑の記憶』。
あまりのショックに幼い私は卒倒し、救急車で病院に運ばれた。
以来、お姫さまやそれを思わせるものに接すると、問題の夢を見るようになってしまった。
お姫さまごっこはだめ。
お人形遊びもだめ。
フリフリのスカートもだめ。
記憶は繰り返し再生され、その度に私は悲鳴をあげて倒れた。
これが一生続いたらどうしよう、と幼い頃はとても不安だったけれど、幸いなことにある時期を境に夢見の頻度は減っていった。
きっかけは、ショッピングモールの雑貨屋で見つけた双子のテディベアだったと思う。
夢の中に出てきた『ココとメル』にそっくりの二体のテディベア。
その子たちをうちにお迎えしてから、見る夢の内容が変わり、夢見の回数自体も減っていった。
じゃあそれで私の生活や、人生への影響はすっかり無くなったのか?
結論から言うとそんなことはなかった。
夢の中の『私(レティシア)』は、代々魔導具づくりを得意とする貴族家の娘だった。
図面を引き、工具を持ち、魔導金属(ミストリール)を扱えるのが一族の素養。
実は自身も魔導具に並々ならぬ想いがあり、将来は魔導具師になることを望んでいたのだ。
そんな少女のささやかな夢を壊したのが、第二王子との婚約。
王家に嫁げば、時間的にも立場的にも魔導具など作ってはいられなくなる。
婚約の話を聞いた彼女は、しばらくふさぎこんでしまうほどの衝撃を受けた。
その後なんとか立ちなおり、厳しい花嫁修行の傍ら一族に伝わる技術も積極的に学ぶようになったレティシア。
だが数年後、彼女はその知識と技術を活かす機会を与えられぬまま、無実の罪を着せられ処刑されてしまう。
事件翌日の逮捕。
即決裁判。
侍女と使用人たち、父親の刑執行。
そしてレティシアの処刑。
ろくに弁明の機会も与えられぬまま。
逮捕から四日目に彼女はその短い命を散らしたのだった。
悔しかった。
やるせなかった。
なんであんな結末になったのだろう。
周りの事情に翻弄され、自らの望む道を閉ざされ殺された少女の無念。
それは同情なのか、感情移入だったのか。
整理はできていないけれど、事実はひとつ。
『私』はレティシアの想いを引き継いだ。
理工系の大学院に進んだ私は、卒業後、とある産業機械メーカーに就職しエンジニアになった。
つまり夢の中の私(レティシア)と同じように、今の私……宮原美月(みやはらみつき)もまた、ものづくりの道を選んだのだ。
☆
「お客さんは結婚式に出席されるんですか?」
運転手の問いかけに、私は意識を引き戻した。
結婚式……ああ、私のドレスを見てそう思ったのかと、遅ればせながら気づく。
「仕事の関係で、ちょっとした式典に出席することになりまして」
「おや、ドレス姿で皇国ホテルに向かわれるなんて、てっきり結婚式かと思いましたよ」
私は苦笑して首を振った。
これから出席するのは、経済産業省主催の表彰式だ。
私たちのチームはあるロボットの共同開発で『AIによる自己学習型統合制御機構』を実用化した。
それが画期的な技術だということで、国から表彰されることになったのだ。
苦節五年。
まさに技術者として晴れの舞台。
今回くらいはドレスをと思ったのだけど、失敗だっただろうか?
そんなことを思いながら前を見た時だった。
目の前でとんでもないことが起こった。
朝からの雨と風。
昼にも関わらず薄暗い空。
私が乗ったタクシーは、ちょうど大きな交差点に差し掛かろうとしていた。
信号は青。
道が直線ということもあって、そこそこスピードが乗っている。
視界の左から、白いビニール袋のようなものが舞ってくるのが見えた。
その袋は風に巻き上げられて不規則に宙を舞い––––よりによって、前を走っていたバイクのヘルメットに巻きついたのだ。
「!!」
ライダーが振り払おうとして首を振る。
が、袋は生き物のように彼の頭に巻きついて視界を奪い、バランスを崩す。
ガシャッ、ガガガガガッ
転倒し、横滑りするバイクとライダー。
「くっ!!」
運転手がハンドルを切る。
キイイッ、と軋みながら右に旋回するタクシー。
間一髪、バイクとの衝突をすんでのところで回避する。
が、車はそのまま交差点に侵入し、対向車線へ。
「えっ!?」
左前方から迫るトラックのヘッドライト。
パァン、と弾けるクラクション。
そして……、
「!!!!」
凄まじい衝撃が私を襲った。
☆
「っっっっ!!」
布団を跳ね除け、飛び起きる。
「はぁっ––––はぁっ––––––––」
薄暗い静寂の中、自分の荒い呼吸が響く。
なんて夢。
よりによって、晴れの舞台に向かう途中で死んでしまう夢を見るなんて。
やっぱりドレスはやめよう。
表彰式の写真を見る両親からはため息を吐かれるだろうが、無難にスーツで出席しよう。
そう思って顔を上げた。
「……え?」
薄暗い室内。
目に飛び込んできたのは、見慣れた1DKの自室ではなかった。
いや、そもそも部屋の大きさからして違う。
天蓋付きのベッド。
窓際に置かれたテーブルセット。
壁に設置された暖炉。
その上にかかる大きな油絵。
まるでどこかの王侯貴族の宮殿のような部屋が、そこに広がっていた。
見覚えのある家具と装飾。
かつて自分が毎日見ていた景色。
「うそ……」
布団を握る手が震える。
まさか。そんなはずない。
二つの夢が、記憶が、混濁する。
––––なんで私は『ここ』にいるの?!
それは、ありえない現実。
パニックになりかけたその時だった。
「……お嬢…さま?」
傍らから聞こえた年若い女性の声。
はっとして声の方を見ると、ベッド脇の椅子に誰かが腰掛けていた。
目をこすりながら顔をあげる誰か。
メイド姿の彼女は、寝ぼけているのかぼんやりと私の方を見て––––やがて視線が重なった。
赤みを帯びた茶色の髪。
頰にわずかに浮いたそばかす。
夢の中で見た、懐かしい顔がそこにあった。
「あ…………アン…ナ?」
見せしめのように『私』の目の前で絞首刑になったアンナ。私を不安にさせまいと、刑執行の最期まで微笑みを絶やさなかったアンナ。
幼い頃から処刑の日まで私に仕えてくれた、ときに姉代わりでもあった私の侍女が、そこにいた。
「お嬢さま……っ」
目に涙をためて立ち上がり、飛び込むようにベッドに倒れ込んでくるアンナ。
彼女はその勢いのまま私をぎゅっと抱きしめた。
「お嬢さまっ! お嬢さまぁああ!!」
私を抱きしめたまま泣きじゃくるアンナ。
二度と会えないと思っていた私の大切な家族。
彼女の声に。そのぬくもりに。私の目からも熱いものが溢れた。
「アンナぁ……」
強く、強く、彼女を抱きしめる。
私たちは互いに抱き合いながら、しばらくおいおいと泣いたのだった。
どれだけそうしていただろうか。
少しだけ落ち着いてきたらしいアンナは、私から体を離し、涙を拭いた。
「よかった。本当によかったです。お嬢さまが目を覚まされて」
「…………え?」
目を覚ましてよかった?
ここにきて私は、アンナの涙の理由と私の涙の理由が、どうやら異なっているらしいことに気づく。
目元を拭いながら聞き返すと、彼女は微笑みながら頷いた。
「はい。お嬢さまはもう五日間も眠り続けてらっしゃったんですよ」
「い、五日間……?」
「王城で、王様との謁見の時に倒れられたと聞きました。伯爵様がぐったりされたお嬢さまを抱えて来られて、屋敷に戻ってからもずっと眠り続けてらっしゃったんです。……覚えてらっしゃいませんか?」
その瞬間、激しい目眩がわたしを襲った。
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