やり直し公女の魔導革命 〜処刑された悪役令嬢は滅びる家門を立てなおす〜 遠慮?自重?そんなことより魔導具です!

二八乃端月

第1話 処刑された伯爵令嬢



 ☆



「これより、オウルアイズ伯爵家長女レティシア・エインズワースの処刑を執り行う!」


 断頭台の脇に立つ役人が刑の執行を宣言すると、広場は観衆の歓声と怒号で満たされた。


 私の姿を見ようと身を乗り出す人々。

 それを制止する兵士たち。


 彼らにとっては見世物にすぎないのだろう。

 嫉妬に狂い王太子を暗殺しようとした、愚かな婚約者の末路。

 それが真実かどうかなど疑うこともない。


 こんなに大勢の人がいるというのに。

 今この場に、私の味方は一人もいなかった。




 役人の口上は続く。


「彼(か)の者は嫉妬心から、自らの婚約者であった王太子殿下への贈り物に爆裂の魔導を仕込み、暗殺を企てた」


 ……違う。


 確かに私は殿下の誕生日のお祝いに『香り箱』を作って贈ったけれど、爆裂の魔導など仕込んではいない。


 ただ、蓋を開くと部屋に香りが広がるよう、微かに風を起こす細工を施しただけ。


 それなのに……。


 私の贈り物は殿下に届くことはなく、危険物検査を行った近衛騎士団の検査場で爆発した。




「残された爆発物からは、エインズワース家のみが製作できる魔導回路の残がいが見つかった。罪人が父親のオウルアイズ伯爵ブラッド・エインズワースと共謀し、爆裂の魔導具を製作して犯行に使用したのは明白である!」


 誇り高く威厳に満ちていた父。


 その父は拷問にかけられ、即決裁判の末、共謀者として昨日ここで処刑された。


 長年にわたる王家への忠誠も、先の戦争での犠牲を厭わぬ献身も、判決では一片も顧みられることはなかった。


 最期の瞬間まで私の無実を訴え、助命を嘆願しながら亡くなった父。


 その最期の姿が、瞼に浮かぶ。


「お父さま……」


 目から熱いものが溢れ、こぼれ落ちる。


 薄汚れたドレスの裾に。

 魔封じを施された木製の手枷に。


 近く、領地の兄も連座させられると聞いた。

 幼い頃から仕えてくれていた侍女も、使用人たちもすでに縛り首になった。


 大切な家族も、名誉も、心の拠り所すらも失った薄汚れた元伯爵令嬢。


 それが今の私だった。




「––––以上である。罪人を断頭台へ」


 兵士に促され、断頭台へと続く階段を上る。


 一段、一段と、粗末な木の階段が軋む。まるで、この断頭台の露と消えた者たちの悲鳴のように。


 階段の先は曇天。


 薄暗い雲の下には、斜めに切られた斬首の刃がロープで巻き上げられ固定されていた。

 処刑人が斧でロープを切った時が、私の最期。


 階段を上りきると、あらためて私を見つめる多くの人々の姿が目に入ってきた。


 その中に、特別に設(しつら)えられた貴族用の観覧席の一番高いところに、あの人が座っていた。


「殿下…………」


 汚いものを見るような目でこちらを眺める元婚約者。

 豪奢な金髪が、陽の光を受けて輝いている。


 彼にとって私は、一体何だったのだろう?




 十二歳の誕生日を迎えて間もないある日、領地の屋敷に王家から使いが来た。


 用件は、伯爵である父の王宮への呼び出し。


 それが当時第二王子だった彼と私の婚約の相談のためだったというのは、後から聞いた話だ。


 すぐに私も王宮に召喚され、王族への面通し、婚約と、トントン拍子で話が進んだ。


 どうやら誕生日に行った魔力検査の結果が報告され、国内トップクラスの魔力持ちであることが知れたらしい。


 魔法の素質は、遺伝する。


 その婚約は、私の魔力量と家柄によって王が望んだものだった。

 私が望んだものでも、家族が望んだものでもなかったのだ。




 ともあれ、私は出来る限りの努力をした。


 良き王族になろう、良き妻になろうと学び努め、周囲の期待に応えてきたつもりだった。


 だけど彼は……王太子殿下の愛情は、最初から最後まで私に向かうことはなかった。


 第一王子が戦死し、彼が王太子になる前後の三年間の学生生活。


 お茶に呼ばれたことすら一度もない。


 今、彼の隣に侍り、こちらに怯えるような視線を向けている『彼女』とは比べるべくもなかった。


 確かに私は、平民出身でマナーを知らない彼女にあまり良い印象を持っていなかった。


 それでも同じ学校の生徒として礼儀を持って接したし、ましてや殿下が『私(レティシア)が主導した』と言う貴族令嬢たちによるイジメなど、全く心当たりがなかった。


 ––––なぜ彼は私を疎んじるのだろう?


 無実の罪を着せられ一族郎党まで処刑されなければならないようなことを、私がしたのだろうか?


 わからない。

 わからない。

 わからない。


 でも、もうどうでもいい。

 私にはもう何もないのだから。




「レディ、旅の同伴者はこちらの二体でよろしかったですか?」


 断頭台の前で立ちつくす私に、恐ろしげな仮面を被った処刑人が思いのほか優しい声で声をかけてきた。


 彼の手には色違いの二体のテディベア。


 この子たちは小さい頃、亡くなった母が私にプレゼントしてくれたものだ。


 私は最後の願いとして彼らと共に逝くことを裁判所に願い出て、許可をもらっていた。


「はい。その子たちです」


 私が告げると、処刑人は断頭台の下に彼らを寝かせる。


「それでは、跪(ひざまず)いてそのくぼみに首をお乗せ下さい」


 私は頷き、断頭台に跪いた。

 人々の歓声が響く。


 これで最期だというのに、クマたちの顔を見ると不思議と心が落ち着いてくる。


(ココ、メル、ごめんね。こんなことになって……)


 自然と涙が溢れた。


「何か言い残すことはありますか?」


「……兄に、愛している、と」


「お伝えしましょう。他にはありますか?」


「ありません。お手間をかけさせて申し訳ありません」


「動かなければ痛みはありませんから安心して下さい」


 私はあごを引き、目を閉じた。


「……お願いします」


「それでは、いきます」


 斧を取り、振りかぶる音。


「…………レティっ!!!!」


 誰かの叫び声。

 そして、


 ダンッ

 ガラガラガラガラ––––––––ザンッッ!




 ☆




「っっっっ!!!!」


 飛び起きた私は、混乱した。


 目の前の光景が、先ほどまでとあまりに異なるものだったから。


「お客さん、大丈夫ですか?」


 驚いて声をかけてくる運転手。


 ここは……タクシーの中だ。

 私は後部座席に座っていた。


「え、ええ……。ちょっと寝てしまって。驚かせてしまいすみません」


 そう言いながら動悸が止まらない。

 ドレスのスカートの上に置いた両のこぶしが、ガクガクと震える。


 ––––あの夢だ。

 久しぶりに見る、あの夢。


 ずっと見なくなっていたから、てっきり自分の中で消化できたものだと思っていた。


 だけど、どうやらそうじゃないらしい。


「はあ…………」


 深く息を吐き、窓の外を見る。


 暗い空。

 降りしきる雨。


 せっかくの晴れ舞台だというのに。ドレスを選んだのは失敗だっただろうか?






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