目的地

 彼ら全員をテイムした後、僕たちは更に奥へと向かった。因みに、彼らの種族は不穢の帰参者アンペカブラ・レヴァナントと言うらしく、霊体と肉体の境が曖昧な種族らしい。現在はまるで人間のように存在しているが、その気になれば壁をすり抜けていくことも楽勝だそうだ。


「……ここだ」


 イヴォルが足を止めた。


「お、また次の牢? 今度は早かったね」


「いや、違う」


 イヴォルは首を振り、無明の闇を見据えた。


「ここが、終着点だ」


「終着点……まさか」


 イヴォルは頷く。


「あぁ、遂に……遂に、我が女神の御許へと辿り着いた」


「……ここが」


 長い旅路の果て、漸く僕は最初の目標を果たせるらしい。


「目的地」


 このゲームを始めてから、軽い気持ちで目指し始めた目的地がそこにある。僕は女神が居るであろう闇の前に立つ。


「じゃあ、行こうか」


 僕はフッと息を吐くと、一番乗りで闇の中に飛び込んだ。




 ♢




 そこは仄暗い闇の空間だった。そこには寂れた暗い祠があった。そして、居た。



「――――ふふ」



 深い紫の髪と眼、アメジストのようだと形容することすら物足りない美しさの紫。それを携えているのは長身の美女。


「来たな、ネクロ」


「当然だよ、ラヴ」


 そして、その女は僕がこのゲームで最初に出会った人物であり……文字通りの女神だ。


「ッ! これが女神さん……」


「ふふ、女神にさん付けはあまり聞かないね」


 追いかけてきたエトナがその気配を読み取っただけで戦慄したような声をあげる。



「――――我が女神よ。イヴォル・イクレーム、遅ればせながら参上致しました」



 後ろからの声、振り向くとイヴォルが骨の姿で跪いていた。


「あぁ、良くもここまで来た。だが、跪かれるのは好きではない」


「はッ」


 鋭い声を上げてイヴォルが立ち上がる。なんか、新鮮だ。


「イヴォル、君には感謝している。これまで私に尽くしてくれたこともそうだが、ネクロを連れてきてくれたことについても、だ」


「ん、そんなに僕は重要なのかな?」


 ラヴは微笑み、頷いた。


「当然だ。邪悪神を完全に滅ぼせるのは同位の神格か、次元の旅人だけだ」


「……邪悪神、ねぇ」


 確か、クレスが守っていた氷と雪解けの女神エリューシカとか、ディアンが守ってた灯火の女神イトラとか、邪悪神の被害者みたいな話だったよね。


「カーボニカム・ディオキサイド」


 ラヴは名前のような単語を紡いだ。


「元々、善神だった奴は邪悪神となり、神界を裏切り次々と神の力を奪いその格を増していった。今やどの神も奴を止めることは出来ない」


「……そいつは、何が目的なのかな?」


 強くなったとして、何をするつもりなのかが問題だ。


「奴の目的は何れこの世界全てを喰らい、そして別次元へと自由に旅立つ力を得ることだ。その先にあるのもきっと破壊と支配なのだろう」


 別次元、ねぇ。


「そして、奴は気付いている。別次元の生物の魂は存在の格を大きく引き上げる。故に、奴は次元の旅人を招き……たらふく太らせている」


「もしかしなくても、だけど」


 ラヴは頷く。


「あぁ。奴は最終的には君たちの魂を喰らうつもりだ。大量に流入させた次元の旅人に餌を与え、太らせてから纏めて頂くんだろう」


「そうなれば、僕らは兎も角この世界も終わりだね」


 今の話が本当なら、僕ら次元の旅人を纏めて喰らった後の邪悪神は信じられない強さになってしまうのだろう。そうなれば、邪悪神はこの世界を丸ごと喰らってしまう。


「そして、厄介なことに君たち次元の旅人の肉体は邪悪神が用意したものだ。その意味は分かるだろう?」


「あはは、想像以上にヤバいね」


 邪悪神の用意した肉体である以上、その権限が完全に僕にある訳では無いだろう。もしかすれば、抵抗すら出来ずに自ら喰われに行ってしまう可能性すらある。


「だけど、僕に邪悪神と戦わせるつもりなら対処法はあるってことだよね?」


「当然だ。簡単で単純な対処法がある。それは、加護を与えることだ」


 へぇ、そこに繋がるんだ。


「私のものに限らず、加護があるものは邪悪神の支配を受けることは無いだろう」


「なるほどね。加護が欲しければ引き換えにここに来いって言ってたけど、そもそも加護を与えるのは最低条件だった訳だね」


「ふむ、騙したような形になるのは否めないな」


「別に、気にしてないよ」


 騙されて加護が貰えないって話なら怒るけど、加護がしっかり貰えるなら文句はないね。


「いや、追加で何か渡そう。そうだな、私の使徒になる気は無いか?」


「無いかな」


 む、とラヴは声を上げた。


「使徒になれば色々と恩恵がある。命令権限は使わないと誓う。それでどうだ?」


「んー、そうだね。同時に君が従魔になってくれるなら良いよ」


 僕が言うと、後ろから肩を掴まれた。


「貴様、不敬だぞッ!」


「ふふ、まぁ落ち着けイヴォル。私は神だから自分が偉いなどとは思っていないよ。私とネクロは対等だ。それなら何も不敬じゃないだろう?」


 イヴォルに貴様って怒鳴られる日が来るなんて思ってなかったなぁ。


「だけど、すまないな。君の従魔になることは出来ない」


「そっか。まぁ、ダメ元だったし良いよ」


 そもそも、僕は加護が貰えたらそれで良いんだ。


「取り合えず、加護を渡しておこうか。伝えた通り、強力で便利な加護だ」


 ラヴは僕に近付き、頭に手を当てた。


「『私は愛と慈悲の神。司るは不死と停滞、君に加護を』」


 頭から何かが流れ込んでくる感覚。視界の端に黒紫色の光が見えた。


「これで終わりだ」


「……随分簡単なんだね、詠唱も素のままで喋ってるみたいだったし」


 僕が言うと、ラヴは笑った。


「当然だ。私は女神だぞ? 格好つけて喋らずとも、ありのままの言葉が神の言葉だ。繕う必要は無いな」


 私は女神だぞ、僕も言ってみたいね。


「なるほどね。取り合えず加護を確認しようかな」


 僕はステータスを開き、それを確認し……目を擦ってもう一度確認した。

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