昏き奈落のその先に

 ネルクスの魂握ソウルグラスプにより、ノモリエティスは完全に沈黙した。


「……そこそこ長い因縁でしたが、これで終わりですねぇ」


 引っ張り出した魂をネルクスが呑み込むと、ノモリエティスの肉体はサラサラと崩壊して消えていく。


「知り合いだったの?」


「えぇ、知り合いと言えばまぁそうですが、端的に言えば敵ですねぇ。ただ、不死の悪魔であるノモリエティスは単純な暴力では死にませんから今まで滅することは出来ていませんでした」


 不死の悪魔。中々に大層な肩書だね。


「あれ、じゃあ不死の悪魔を魂食ソウルイートした君は不死の力を持ってるってこと?」


 ネルクスは首を振る。


「いえ、悪魔はその悪魔が名を冠する力を奪うことは出来ません。悪魔がそれぞれ持つ固有の力は、その悪魔が滅びることで悪魔界に還り、また新たな悪魔となります。それは前の悪魔の記憶も他の能力も引き継ぐことはありません」


「じゃあ、悪魔界でノモリエティスじゃない不死の悪魔が生まれるってこと?」


「えぇ、その通りです」


 僕は話を続けようとも思ったが、崩壊を初めた景色を見てやめた。


「……興味深い話だけど、先にここを離れないとね」


 僕たちは崩れ行く暗黒の牢を後に、先へと進むことにした。




 ♢




 目の前には、また暗黒の牢。僕は思わずイヴォルに視線を向けた。


「これ、本当に今日中に終わる?」


「奈落を一日で踏破するつもりだったとは中々傲慢だな。だが、安心しろ。もう少しだ。ラヴ様の波動が近い」


 僕は溜息を吐き、闇の奥へと一歩踏み出した。


「ちょっ、ネクロさんっ! 私が先行しますから!」


「私も先に行かせて頂きます、マスター」


 僕の前を飛び出していく二人。それを見送りつつ、僕も闇の中へと飛び込んだ。




 ♢




 暗黒の先に、見えるは複数の影。


「ねぇ、一つの牢に複数は無しって話、完全に嘘としか思えないんだけど」


「……この牢自体にその法則が適応されている訳ではなく、単純にこの奈落を運用する上での規則だ。つまり、冥王がそれを破っている可能性はある」


 杜撰な仕事をしおって、と怒りの気配を漂わせるイヴォルから僕は一歩距離を取った。


「ネクロさん……あれ」


 すると、エトナが隣で敵の集団を指差していた。僕も視覚強化のスキルによってその集団を確認する。


「……え?」


 予想外だ。全く予想外な相手が、そこには立っていた。


「もしかしなくても、あれは……」


 見えるのは四人と一匹。王冠を被った年老いた男、絢爛な服に身を包んだ壮年の男、ティアラを頭に乗せた上品な女、赤い目を持つ黒毛の狼、そして、赤髪の少年だ。


「ストラ」


 ストラ・スラスト。僕がこのゲームを始めて直ぐの頃、昏き砂丘のカタコンベのボスとして戦ったグールだ。元はトゥピゼ王国の王で、王になる前は帝国十傑の一人だったとかいう凄い経歴の持ち主だ。ネルクスもあのダンジョンに封印されていた筈だ。そんな彼が何故ここに居るのかは分からないが、珍しく今回は話し合いでどうにかなるかも知れない。



「――――久しぶりだね、ネクロ」



 いつの間にか目の前に立っていたストラは、軽い調子で手を上げて挨拶した。


「また会うとは思ってなかったなぁ……でも、君に会えて嬉しいよ」


「僕も会えて嬉しいけど……なんでこんなことになったの?」


 ストラは笑い、後ろを向いた。その先には、ゆっくりと歩み寄ってくる高貴な装いの者達が居る。


「彼らが誰か分かる?」


「……状況的に考えると、あのダンジョンに居た王族の人たちだよね?」


 ストラは振り返り、笑顔で頷いた。


「そうさ。その通り。僕の伴侶のラディアーナに、息子のグランジェス。そして更にその息子のシェルニース。あと、ラディアーナのペットのフレンだ」


「あぁ、うん。思い出したよ」


 確か、あの時はシェルニースがゾンビで、グランジェスがミイラ、ラディアーナがスケルトンでストラがグールだったはずだ。


「思い出した? 良かった。……それで、僕らがあのダンジョンから解放された後、僕らはアンデッドだった期間が長かったせいか、上手く輪廻に還れずに冥界に留まることになってしまったんだ。それで、この冥界の管理者……冥王に直接頼んで輪廻に還してもらおうかと考えたんだけど、その途中でこの冥界がかなり腐ってることを知ったんだ」


 ストラが言うと、イヴォルが隣で頻りに頷く。


「お久しぶりです、魔物使いの方」


「あぁ、ラディアーナ、みんな。先走っちゃって悪いね」


「いえ、父上。そのようなことはありません」


 後ろから三人と一匹が合流すると、ストラは軽く頭を下げたが、グランジェスとシェルニースは恐縮そうにしている。


「さて、続きは私が話すとしましょう。……輪廻に還ろうとする魂を勝手に利用し、冥界に留まってしまった死霊達を支配し自らの奴隷に変えようとする冥王。それを知った私たちは、当然それに反抗することにしました。しかし、健闘虚しく私たちは奈落へと落とされてしまいました……と、そんなところでしょう」


「ラディアーナ、僕たちの決死の戦いを健闘虚しくの一文で終わらせるのは酷じゃないかい?」


「だって、長々と話してもしょうがないでしょう?」


「……まぁ、良いさ」


 なるほど。イヴォルからも聞いてたけど、やっぱり冥王は終わってるね。


「それで、君たちがどんな目的でこの奈落まで来たのか知らないけど……」


 ストラは視線を真っ直ぐ僕に向けた。


「君たちがこの牢獄を脱するには、僕らは消えるしかない訳だよね」


 真剣そうなストラの目には何か覚悟のようなものが宿っている。だけど、僕は首を振った。


「……いや、別に消える必要は無いけど?」


 ストラはへ、と間の抜けた声を上げた。


「僕が君たちをテイムすれば、全員でここを抜けられる。勿論、それには君たちの許可が必要だけど……」


 僕が尋ねるように視線を送ると、ストラは笑った。


「あはは、そんな話なら勿論良いに決まってるさ!」


 という訳で、僕たちは最速の牢獄攻略に成功した。

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