黒き空

 黒き空を舞う赤き竜。その巨大な背の上には僕たちがしがみついていた。


「あはは、向こうの僕なら乗ってるだけで死んでそうだね」


「貧弱ですね、ネクロさん」


 というか、ディアンにしがみつき続ける握力すら無いって感じだ。


「まぁね……僕らの世界の人間は皆貧弱だから、多分エトナ一人でも全滅させられるよ」


「え、私一人でですか?」


 多分だけどね、と僕は続けた。


「完璧にやれば出来ると思うよ。向こうの世界の兵器でエトナを倒したり拘束したりする手段があるか怪しいし」


 核を落とされても影に潜って無敵化すれば問題ない筈だ。とはいえ、今日この日まで地球を支配してきた人間なら何らかの対抗策を生み出せる可能性もあるけど。


「ところで、ネルクス。見つかりそう?」


「……私に仕事を押し付けて自分たちは雑談とは、良い御身分ですねぇ?」


 僕の背後から恐ろしい声でネルクスが言った。


「あはは、ごめんって。ただ、ある程度片が付いたから気が緩んじゃってさ」


「まぁ、別に構いませんがねぇ……それに、こういうことに関しては私よりも賢者殿の方に聞いて頂きたいですねぇ。私よりも詳しいと思いますので」


 突然話題に上がったイヴォルはむ、と声を上げた。


「さてな。幾ら賢者と持て囃される私と言えど、大公級の悪魔に知識で勝てるかは分からんな」


「クフフ、我が主の言うような言葉で言えば、私は脳筋ですからねぇ。飽くまでも戦闘が我が本領ですよ」


 平和に会話を交わしていた二人だが、同時に表情を変えた。


「……ネルクスよ」


「えぇ、ありますねぇ」


 頷きあう二人に、僕は察した。


「見つけたかな? 死の宝珠」


 二人はニヤリと笑い、頷いた。


「隠蔽はしてありますが、この距離まで近付けば流石に誤魔化せませんねぇ?」


「早速だが、姿を現すぞ」


 イヴォルが斜め上に向けて手を翳すと、かなり先の空間が揺らめき、紫色の霧と魔力が散った。


「あれは……想像通りの見た目だね」


 隠蔽が解かれた先にあるのは、黒紫色の水晶玉。浮かんでいるそれの内側は濁り、暗雲が立ち込めているかのようだった。


「あれを破壊すればオッケーってことかな?」


「えぇ、恐らくはですが」


 ……壊した瞬間に爆発して死ぬとか無いよね。


「一応、罠の可能性も考えといた方が良いかもね」


「でしたら、私が破壊しましょう」


「いや、私が魔術で破壊するのが良いだろう。直接触れるのはリスクだ」


 イヴォルが提案するが、ネルクスは首を振る。


「いえ……実は、あの宝珠の正体には目星が付いているんですよ」


「へぇ、正体?」


 ネルクスは頷いた。


「えぇ、恐らくあの宝珠の正体は……悪魔」


 悪魔、ねぇ。


「ですが、私であれば万が一も無いと思いますので……勿論、他に考えがあるのでしたら構いませんがねぇ」


「ふむ……まぁ、お前であれば万が一も無いだろう。分かった、任せよう」


『話は纏まったか? ならば近付くぞ』


 赤竜の体が、少し離れた水晶玉の方へと向かっていく。


「近付いて見ると意外と大きいね、あの水晶玉」


 近付いて見れば人の頭くらいの大きさはあるように見える。


「さて、では皆様はここで待機を……私が破壊してきましょう」


 十数メートル先に浮かぶ死の宝珠に、ネルクスが向かっていく。当然のようにネルクスも飛んでいることに関しては突っ込まないことにした。


「クフフフ、それでは……暗黒破壊撃ダークネスディストラクション


 ネルクスの拳が振り抜かれる瞬間、死の宝珠から黒い波動が放たれ、後ろに吹き飛んだ。


「無駄だな。私から逃げられると思っているのか」


 しかし、赤竜の背に乗ったままのイヴォルが杖を振り、死の宝珠の周辺に魔術の壁を作り、逃げ道を塞いだ。


「さぁ、年貢の納め時ですよ?」


 今度は技を使うことも無く、ネルクスは拳を振り下ろした。



「ァッ、ァッ! ィァッ!」



 その瞬間、宝珠が膨らみ、変形し、人の形を成した。


「グッ、ぉぉ……き、さま……ネルク、シウス、か……ッ!!」


「クフフフ、さて? 知らない名前ですねぇ……私の名はネルクスですので」


 宝珠が変化したそれは、皺の刻まれた初老の男。黒く擦り切れた服を身に纏っている。


「さて、ここは奈落……冥界の底。今度は逃げ場はありませんよ? ノモリエティス」


「ク、ソ……またッ、また我の邪魔をするのかネルクシウスッッ!!!」


 何やら二人の間には因縁があるらしいが、その力関係は見るからに明らかだ。


暗黒浸透撃ダークネスペネトレーション


「ッ、やめろッ!!」


 振り下ろされる拳。逃れようとするノモリエティスだが、イヴォルの魔術によって拘束されて避けることは出来ない。


「グッ、グァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 ノモリエティウスの体が内側から黒く染まり、悲鳴を上げる。


「クフフフ、この技はそもそも対悪魔用に作られていますからねぇ……効くでしょう?」


「ぐッ、うッ、おォ……ネルク、シウ、スッッ!!」


 浮力を維持することも出来ないのか落下するノモリエティスの襟首をネルクスが掴み、持ち上げる。


「それでは、終わりです……魂握ソウルグラスプ


 ノモリエティスの胸元に、ネルクスの腕が突っ込まれた。

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