不死身の皇帝
ジールの顔に笑みが浮かび、大斧を真上に振り上げた。
「では、征くぞッ!!」
振り下ろされる大斧。それは暗黒の大地にめり込み、ネルクスに向かって一直線の亀裂を入れる。が、ネルクスは亀裂に呑まれる前に左に飛んだ。
「
「ッ!」
しかし、ジールはそれを予測していたかのように亀裂の左右両方に一直線の雷を降らせる。
「……さっきとはまるで出力が違いますねぇ」
「当然だ。貴様がそうしたのだろう?」
感情の昂りによって強化される力を持つジール。それが最大限発揮されるように仕向けたのは確かにネルクスだ。
「えぇ。あのまま死ぬのは虚しいでしょう?」
「違いない。かたじけないぞ、執事服ッ!!」
言いながら斬りかかるジール。凄まじい重量の大斧が凄まじい速度で振り回される。
「ッ、おやおや、危ないですねぇ」
ネルクスは想像以上の速度と威力を持つそれをギリギリで回避し、お返しにと拳を突き出す。
「そちらこそ、なッ!」
「おっと」
ネルクスの拳は跳ね上がった膝に弾かれる。そして、再度大斧が迫る。
「なるほど、接近戦は持ち前の身体能力と戦闘技術で。中遠距離はその珠玉で。中々に厄介ですねぇ……」
ネルクスは後ろに跳び、一旦距離を取った。
「では、そうですねぇ……
ネルクスの姿が歪み、四つに引き裂かれて分かれる。
「「「「クフフフ、四対一です」」」」
四人になったネルクスはさっとそれぞれ別方向に分かれる。
「分裂……いや、分身だな。幻という訳ではないが、本体と分身体の概念はあると言ったところか」
考察するジールを四体のネルクスが囲む。
「ほう、流石の観察眼ですねぇ」
「ですが、分かったところで対処法はありませんよ?」
「さぁ、このまま滅びて頂きましょうか」
「これが、我が主の言っていた数の暴力というものです」
ジールは囲む四人の執事服を見て笑った。
「フンッ、一緒に喋るでない。我が皇帝でなければ聞き取れんかったぞ」
三方向から一斉に放たれる魔術。それは闇の鎖。それは暗黒の楔。それは漆黒の波動。
「クハハハッ!! 久々に滾るなッ、これはッ!!」
ドンと大地を踏みつけると白い色を持った衝撃波が放たれて漆黒の波動と相殺し、黒金の大斧を振り上げると闇の鎖は弾き飛ばされ、小さいが無数に迫る暗黒の楔はジールの体に纏われた黄金のオーラに弾かれた。
「それは何よりです」
しかし、それらと同時に迫っていたネルクス本人を対処する時間は残っていなかった。漆黒を纏う拳がジールの鎧にめり込んだ。
「ぐッ、おォォッ!? さっきより、も……強い、なッ!」
二度目の
「えぇ、二度目ですので。貴方の体に浸透した暗黒は未だに貴方の体内に残っています。三度目はそろそろ危ないですよ?」
闇を流し込み、精神と肉体を破壊する技であるソレは、受ける度に効果を増す。喰らい続ければ、如何にタフな相手でもいつかは倒れるだろう。
「なるほどな……ところで、お前の名はなんだ。聞いていなかった」
本来は立ち上がることすら不可能なダメージを受けた筈のジールはあっさりと立ち上がり、そう尋ねた。
「クフフフ、私はネルクスです。色々厄介ごとが片付くまではネルクシウスではなく、ただのネルクスということですからねぇ」
何気なく言ったネルクスだが、ジールは目を細めた。
「……そういうことか。合点がいった。悪魔、という訳か」
名乗りを聞き、目の前の存在の正体に気付いたらしいジールは神妙な表情で言った。
「えぇ。悪魔執事のネルクスで御座います」
そこで、ジールは自身を中心にして囲うように地面に黒の魔法陣が描かれていることに気付いた。恐らく、目の前の会話をしている本体ではなく、三人の分身が描いたのだろう。
「封印、拘束。その類だな」
魔法陣からそれを読み取ったジール。その姿がその場から消える。
「転移ですか」
使えるのか、ネルクスは自身の背後に現れたジールにノータイムで拳を振り抜きながら言った。
「あぁ、転移だ。皇帝だからな。その程度は手に入るものよ。尤も、ひょいひょいと逃げ回るのは好みではない故にあまり使わんがな」
「なるほど、権力とは偉大ですねぇ」
ネルクスの拳はジールの片手に捕まれようとしたが、ネルクスはその手を弾いて一歩後ろに下がった。
「この身はルファス帝国そのもの。たった一度も皇帝の座から退かずにいた我は、最早この帝国と一体なのだ」
「では、その歴史を見せて頂きましょうか」
ネルクスの姿が掻き消える。同時に、全方位から拳ほどの大きさの暗黒の球体が無数に迫る。
「あぁ、見せてやろう」
転移をすれば逃れることは出来るが、ジールは敢えてそれを選ばずに大斧を振り上げた。黒い珠玉が光り、色を変える。
次の瞬間、ジールを中心に黒と金色の混ざった爆発が巻き起こり……その中から無傷のジールが現れた。
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