黒金
威圧的な黒と金の鎧。その手に握られた巨大な斧も同じ黒金。凄まじい落雷が一帯に降り注いだ後もそれらは全く傷付いていなかった。
「不死身の皇帝、ジール・ルファスかぁ……」
ネルクスとメトに守られた僕は呑気にそう呟いた。大斧の中心に埋め込まれた黒いガラスのような球が白色に煌めいた。
「気を、抜くな」
ジールから発せられた声が届くと同時に、その体まで僕の目の前に届いていた。
「メト」
「はい、マスター」
振り下ろされる巨大な大斧。鋼鉄の塊すら一撃で砕いてしまいそうなそれを、メトはその華奢な細腕で受け止めた。但し、その腕は真っ黒な結晶と化している。
「ッ! ……やる、な。小さき、娘よ」
ガキンと弾かれた大斧。その隙を見逃すことなくネルクスは踏み込んだ。
「
「ぐ、ぉッ」
漆黒のオーラを纏う邪悪な拳を叩きつけるネルクス。拳に纏わりついていた黒いナニカは黒金の鎧をすり抜けてジールの肉体に浸透する。
「がァッ!」
ジールは一瞬痙攣したように見えたが、直ぐにその大斧を地面に叩き付けた。黒い球体が赤く煌めく。
「全く、危ないね」
叩きつけれた場所を起点に広がる赤熱する亀裂とそこから噴きあがる火柱。それは僕の足元に到達するよりも早くネルクスによって防がれた。進む亀裂は漆黒に纏わりつかれて止まっている。
「そういえば、ネルクス。あの斧に付いてる球は死の宝珠じゃないの?」
「どう見ても違いますねぇ。アレは恐らく、先の雷や炎などの現象を引き起こす為の道具でしょう」
なるほどね。そういえばさっきから色んな色に光ってたけど、そういうことかな。
「ォ、ォオオッ!!」
呑気に話していた僕らにジールが飛び掛かる。さっきと同じように僕の正面に立つメト。
「ォオッ!」
獣のような声を上げるジール。彼の斧が再度メトに受け止められることはなかった。飛び掛かった彼は斧を振り下ろすことなくメトのクロスされた腕に飛び乗り、そのまま後ろの僕に向かって跳躍した。
「ネルクス」
「クフフ、問題なく」
今度こそ振り下ろされる大斧を、ネルクスの前に展開された漆黒の障壁が受け止め、破壊された。しかし、勢いの殺されたそれはネルクスならば余裕を持って弾き返せる程度のものでしかなかった。
「甘く、見ない方が……良い」
ジールは生気の無い顔で僕達を睨んだ。
「我が身と、アインベルムは……この帝国の、歴史……そのもの、だ」
黒い珠玉が、青く煌めいた。
「ッ!」
瞬間、場を支配する冷気。ジールを中心に世界が凍っていく。それが僕の身まで凍らせる前にメトが地面に拳を叩きつけた。
「危なかったね、ありがとう」
すると、地面から爆発するように炎が溢れて冷気から僕らを守った。
「いえ、まだですマスターッ!」
叫ぶメト。全方位から氷が氷山のようにせりあがり、その鋭利な先端を僕に突きつけながら氷の波で呑み込もうとしている。
「クフフ、焦らずとも大丈夫ですよ。それと……」
ネルクスの姿がブレる。次の瞬間、僕を囲み呑み込もうとしていた氷の波が一気に砕け散った。
「主の守護を任せてもよろしいですか?」
「聞くまでもありません」
ネルクスはフッと笑うとその身を消した。次の瞬間にはジールの眼前まで迫っていた。
「おやおや、随分動きが鈍いですねぇ皇帝様。生前は猛り狂う猛獣のようでありながら冷静冷徹に獲物を仕留める猛禽のようだと聞いておりましたが」
「……」
振り回される斧は空振り、ジールの目が僅かに細められる。
「ふぅむ、これでは……まるで、愚鈍な亀のようですねぇ。硬い甲羅を身に纏っているところなんかがそっくりです。クフフフ」
「ッ!」
ジールの目が僅かに血走り、振り下ろされる斧の速度が上がる。それでもネルクスはかすりもせずに回避した。
「なん、の……つもり、だ……」
ネルクスの明らかな挑発。しかし、そもそも戦意が無く死の宝珠の傀儡であるジールにそんなことをして何の意味があるのか。ジールは問いかけた。
「貴方は感情の昂りによって強くなるのでしょう? それは怒りでも構わないはずですよねぇ?」
「ッ、それが分かっているならば、何故ッ!?」
焦ったように言うのは、ここで敗北し宝珠から解き放たれたいという意思があるからだろう。
「どうせ散るのであれば、最後くらいは全力を賭した後に死にたいでしょう」
「ッ!」
口元しか笑っていないネルクスに、ジールは息を呑み……そして、笑った。
「良いだろうッ! 我こそはルファス帝国の皇帝にして帝国最強の戦士ッ!!」
昂る戦意。今、ジールはやるせないだけの戦いから解き放たれ、ここを戦士としての死に場所と認めた。
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