鏡花水月

 何度も振るわれる刃。浴びせられる斬撃。その連打にウーマの体は殆どが水と化してしまった。


「……ぁ」


 傾いた体。それはそのまま地面に倒れていき……ばちゃりと弾け、地面に大量の水がぶちまけられた。


「終わり、ですね」


 ウーマはもはや完全な液体となり、元の肉体に戻ることは叶わない。それは、死の宝珠の力を以ってしてもだ。


「……もしかして」


 再生不可能なこの死に方、もしかするとウーマ自身がこうなるように仕組んだのではないか。普通ならそんなことは無理に決まっているが、切れ者のウーマならば可能性はある。


『やぁ、さっきぶりだね』


「ッ!?」


 背後。エトナの後ろから声が聞こえ、振り向いた。


「……水?」


 そこには、深い青色の水のみの体を持つウーマが立っていた。


『おっと、警戒する必要は無いよ。僕の体が完全に滅び去る寸前に作り出した分身……というか、言伝だ。戦闘能力は無いし、なんなら君の言葉も届かない。そもそも、意思が無いからね』


 言われてみれば、ウーマの目はエトナを捉えていない。


『この空間から出るためには、死の宝珠を破壊する必要がある。それは君も分かってるだろうけど、君に伝えるのはそれがある場所だ』


「ッ! 死の宝珠の場所ですか!?」


 食いついたエトナだが、その様子はウーマには見えていない。


『良いかい? 聞き洩らさないようにねぇ?』


 無言で頷くエトナ。ウーマは微笑み、口を開いた。



『死の宝珠は上――――』



 何かが飛来し、液体のウーマが弾けた。


「ッ!」


 気が付けば、エトナの周囲を何十体もの兵士が囲んでいる。恐らく、ウーマが情報を伝えようとしているのに勘づいた死の宝珠がそれを阻止させたのだろう。


「……とはいえ、問題ないですね」


 上。最後に聞き取れたその言葉は、ヒントというには余りにも大きすぎた。


「取り合えず、全員ぶっ倒しますね!」


 飛び掛かる兵士達を、黒い刃が切り裂いた。






 ♦




 それは白一色の世界。シルワが生み出した木の傀儡も、アースが生み出したゴーレムも、クレスが生み出したフロストスケルトン達も、そこに入れば滅びあるのみだ。


「白領召喚、貴刃」


 白一色の世界の中、一際大きなゴーレムの背後に現れた白い髪の男が、黄金の装飾があしらわれた白い剣をその手に生み出して振るった。


「黒球」


 首が落ちたゴーレムの胸に黒い球体が直撃し、胴体に大きく穴が開く。



「――――なるほど、結界に近いな」



 白い世界の中に一歩、踏み込んだ。


「二人、か。どちらも雑兵ではないな」


 また一歩。臆することなく踏み込んだ。その男に皮は無く、肉も無く、臓腑もなく、ただ骨のみだった。


「……良し、潰しておこう」


 イヴォル・イクレーム。それがこの骸骨の名だ。古代の賢者エンシェントエルダーリッチ。虹の賢者の異名を持ち、あらゆる魔術を自在に使いこなす伝説の存在だ。


「白領転移」


 イヴォルの背後に、白い髪の男が現れ、その手に握った白い刃を振るった。


「転移能力か。だが、単純な魔術的転移ではないな?」


「ッ!?」


 白い刃がイヴォルの体に触れようとして弾かれた。良く見れば、イヴォルの体には薄っすらと虹色のバリアが纏われている。


「これは虹纏衣イーリスケープというんだが、その程度の攻撃は通らん」


「黒球」


 余裕のイヴォルに、黒い球体が接近する。


「ほう、確かに当たれば効くな」


 しかし、黒い球体はイヴォルに触れるより早く、展開された石の壁にぶつかって消えた。石の壁も八割以上が消滅していることからその威力は明らかだ。


「『小さく儚き炎の蓮華、天を焦がして紅く散る』」


 イヴォルの掌の上に小さな炎の蓮華が生まれる。


「『焦炎天尽華アスターバーン』」


 イヴォルがその蓮華を握りつぶすと、空が紅く光り、花火のように巨大な炎の蓮華が天に咲いた。


「さて、全範囲攻撃だ。躱して見せろ」


 大空に咲いた巨大な蓮華は、そのまま大量の炎として大地に落ちてくる。


「どうした? まさか、避ける気も無いのか」


 迫り来る膨大な炎熱を前に、一歩も動かない二人をイヴォルは怪訝な目で見る。


「白領転移」


 触れれば火傷では済まない、天をも焦がす蓮華。それが触れる寸前、二人の姿が掻き消えた。


「なるほどな、転移の対象は仲間も含めることが出来るか」


 自身にも振り落ちる炎熱を、虹の衣で受け止めながらイヴォルは呟いた。


「黒羅弾群」


「ふむ、分かってきたぞ」


 空から迫る大量の黒い弾。先程の黒い球程の大きさは無いが、その速度は比にならないほど速い。


「白いのが支援、黒いのが攻撃……という訳か」


 イヴォルは空に掌を向け、魔力を集中させる。


虹粒砲イーリスカノン


 虹の奔流が溢れ、黒の弾幕を一直線上に消し飛ばす。


「……よく見れば、双子か」


 気付けば地面に転移で戻っていた二人を見て、イヴォルは呟いた。


「そういえば、まだ名を聞いていなかったな。名は何だ?」


 イヴォルの問いに、二人は相変わらずの無表情のまま躍りかかる。


「赤帝騎士団、四の騎士……『白領』の、エザン」


「赤帝騎士団、五の騎士……『黒羅』の、グオン」


 それを聞いたイヴォルは満足気に頷く。


「そうか、我が名はイヴォル……古より生きる、虹の賢者だ」


 イヴォルを中心に、百を超える魔法陣が展開された。

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