水月
黒い刃がすり抜けていく。腰の上辺りまで真っ二つに裂けた上半身。その断面は深い青色の水面のようだ。
「ははッ、どうだい? 君と僕、中々似てるよねぇ」
ピタリ、断面が閉じて裂けた体は元に戻る。
「……似てるだけ、ですね」
エトナはそう断じた。確かに似た力だ。闇の肉体と、水の肉体。一見すると属性が違うだけに見えるが、根本が違う。
「貴方は水になることが出来る。でも、私は……人になることが出来る」
ウーマは水の力を借りることが出来る人間。しかし、エトナは人の姿を取れる闇だ。
「格が、違うんです」
瞬間、エトナから
「ッ! なるほど、ねぇ!」
視界を覆う暗闇の中からエトナが突然飛び出してくる。ウーマはギリギリで刃を回避した。
「つまり、さっきのと原理は同じって訳だ」
ウーマは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
「狙いは分かった。だから、対処も簡単だねぇ」
闇の中に潜もうと、ウーマの高度な気配察知から逃れることは出来ない。闇の雲の中を潜って背後から迫るエトナにウーマは気付いた。
「ここだろう?」
「ッ!」
背後から現れ、振り下ろされる黒い刃。しかし、ウーマは振り返りながら青いブロードソードを振り上げて刃を弾いた。
「速いね……追撃はさせてくれないか」
そのまま攻撃を叩きこもうとしたウーマだが、エトナは直ぐにその姿を消した。
「なるほどねぇ、少し厄介だ。とはいえ、簡単な対処法がある」
ウーマが手を掲げると、そこから強烈に輝く光の玉が生み出された。最も初歩的な光魔術である
「さぁ、闇はこれで散らして……ッ!」
一瞬にして散っていくように見えた闇。しかし、闇は……そして光は、散っているのではなくある一点に吸い込まれていた。
「ッ、なん、だ……ッ!?」
それは、黒い球体。光も闇も構わず呑み込む漆黒。ウーマは膝を突き、自分もその球の方に吸い寄せられていることに気付く。
「なるほど、これで僕の部下を倒したって訳だね……ッ!」
球体がウーマに近付いていく。ウーマが球体に吸い寄せられていく。消滅はもう目の前まで迫っている。
「……しょうがない、ねぇ」
漆黒の球体、その向こうでただこちらを見ているエトナの姿がウーマの目に入る。それを最後に、球体がウーマの体に触れ、一瞬にして呑み込まれ……完全に消滅した。
「――――
エトナの背後、振り下ろされる深い青色の剣。
「ッ! やっぱりですか」
しかし、エトナはそれを予期していたかのように回避する。
「まぁ、バレるよねぇ……だから、このタイミングじゃ使いたくなかったんだけどなぁ」
「切り札を使ったって感じですか?」
エトナの問いに、ウーマは笑みを浮かべる。
「正にね。本当なら不意打ちに使いたかったんだけど、しょうがない」
エトナは目を細め、考える。自分の背後に転移してきたのが、切り札? 確かに強力な能力だが、転移程度が切り札になるのか?
「……そういえば」
そもそも、転移だとすると変だ。ウーマは完全に呑み込まれ、消滅していた。あそこから転移を発動したとして、無傷で居るのはおかしい。既に手遅れになっているはずだからだ。
「ッ」
エトナは、ふと嫌な予感がして背後を見た。そこには、ウーマが余裕そうに佇んでいた。その様子に違和感を覚え、前に視線を戻すとそこにもウーマが居た。この一瞬で二度転移した? いや、違う。つまり、これは……
「――――そう、これが僕の切り札……水鏡」
自信満々に告げたウーマ。エトナはチラチラと何度も前後を確認する。何度見てもウーマは両側に居る。
「水の分身を生み出せる。さっきやったように、分身と入れ替わることもできる」
「なるほど、カッコいい能力ですね」
エトナは冷静に頷き、素直に褒めた。それと同時に、これは確かに不意打ち用の切り札であると理解した。エトナの背後にいるウーマの分身からは生物としての気配を感じない。これなら、どちらが本体か惑わされることは無いだろう。
「さぁ、始めようか」
ウーマが一気に駆けだした。エトナの喉笛目掛けて刃が突き出される。背後からも同じように攻撃が迫っていることに気付いている。
「そんなの食らいませんよっ!」
正面のウーマの攻撃を受け止めれば、同時に背後の分身と入れ替わられて刃を受けることになる。つまり、選択肢は回避のみだ。エトナは横に飛んで前後から迫る刃を回避した。
「……これは」
ウーマの体を分身がすり抜けていき、ウーマが止まると同時に分身も停止する。そして、二人は同時にエトナの方を向いた。
「動きは同期してるってことですかね?」
エトナが小さく呟くと、ウーマは笑みを浮かべる。
「正にね。分身の動きは常に鏡。この技の名、
ウーマがエトナを指差す。それと同時に、ウーマの隣に立っていた分身がただの水になって地面に溶けていく。
「この技は何かを水面に見立て、それを中心として分身を生み出す。今は、君が水面だ」
ウーマの言葉にエトナは後ろを振り返る。そこには、本体と同じようにエトナを指差すウーマの分身が居た。
「さて」
後ろからウーマの声がした。さっきまで後ろのウーマは分身だったが、入れ替わっている。
「君は僕の切り札を破れるかな?」
今度は前だ。また、入れ替わった。一秒と経っていない。どうやらかなりの頻度で入れ替われるらしい。
「いや」
後ろだ。三度目の入れ替わり、何度も連続で使えるらしい。
「破ってくれよ」
正面。真剣な顔でウーマは言った。
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