『血』の代償

 暗部の男たちを消し去ったエトナは、ぐるりと周囲を見渡して次の標的を探した。


「んー、なんか強そうな敵さんは……ッ!」


 強者の気配を戦場から探るエトナの背後から深い青色の水の刃が飛来した。出刃包丁から柄を外したような形のその刃は、暗黒の大地に深く深く突き刺さっている。


「やぁやぁ、こんにちはこんばんは。お望み通り、強そうな敵さんだよ」


 気さくそうに片手を上げている男が背後に立っていた。ディープブルーのスケイルアーマーは他の騎士達が身に纏う板金鎧よりは身軽そうで、頭には何の防具も纏っていない。


「私、索敵にも自信あったんですけど……それに」


 エトナは警戒心を強めるように男を睨んだ。


「その隠密、私よりも上ですよね」


「ハハハ、そりゃそうさ」


 男は不敵な笑みを浮かべてエトナを見た。


「だって、僕は――――」


「――――二の騎士、『水月』のウーマだから……ですよね?」


 そこで初めて、ウーマは表情から笑みを消した。


「……いやいや、意外だなぁ。外じゃもう結構な年月が経ってるんだろう? なのに、僕のことを知ってるなんてね。意外だよ。それに、知ってたとしても顔とかまでは伝わってないだろう?」


「まるで深海を写し取ってきたような美しく恐ろしい鎧……それのことでしょう?」


 エトナの言葉に、ウーマは納得するように頷いた。


「なるほどなぁ……鎧か。確かに僕の鎧は特徴的だよねぇ。まさか、それだけで特定されるとは思わなかったけど」


「それに、ウーマさんはどの本にも詳しい功績とか経歴が載ってないんです。だから、綺麗じゃない仕事を主にしてるんだろうと思ってました。だから、その隠密術を持ってる人なら間違いないかなって感じです」


 それを聞くと、ウーマは笑みを浮かべながら剣を抜いた。鎧と同じ深く暗い青色の金属で作られたブロードソードだ。


「良いねぇ、よく考えてる。……ところで、君がさっき消滅させた彼らは僕が育てた結構思い入れのある部下だったんだけど。君を倒して敵討ちってのは流石に理不尽かなぁ?」


「私的には理不尽だなって思いますけど……貴方がどういう気持ちで私と戦うなんてのは自由なので、好きにしたらいいと思います」


 ウーマはそっか、と頷いた。


「君は、いい子だねぇ。やっぱり、恨むのはやめとこうかな。でも、僕も死の宝珠に完全に逆らうのは無理だからね……結局、殺すしかないんだ」


「そうなんですか? なんか、普通に話してるしずっと襲ってこないのでもしかしたら逆らえるのかなって思ったんですけど」


 ウーマは笑い、首を振った。


「仕事柄、精神への干渉に対する耐性は強いからちょっとは耐えられるけどね。死の宝珠の本質は魂の掌握だから、結局は限界が来るって訳さ」


「……なるほどです。それで今、限界が来たってことですね?」


 ピクリとウーマの手が震えたのを見てエトナは言った。


「正にね。じゃあ、そろそろ始めようか」


 見透かされたことを誤魔化すように笑い、剣を構えるウーマ。


「赤帝騎士団、二の騎士……『水月』のウーマ」


「『影刃』、エトナ・アーベントです」


 瞬間、エトナの足元から凄まじい量の水の刃が上へと撃ち出される。一つ一つは包丁の刃ほどの小ささだが、威力はさっき見た通りだ。エトナは鍛え上げられた勘のみでなんとか回避した。


「ッ、容赦ないですね……影像斬舞シャドウ・ダンス


 一瞬の油断も許されない相手に、エトナは迷わず影像斬舞シャドウ・ダンスを発動した。残像のように数秒姿を残す影、そして影に入り込めるエトナは自分の残像の中に入り込み相手の攻撃を避けることが出来る。


「へぇ……なるほどね」


 今度は上空に展開される巨大な魔法陣、そこから飛来する無数の水の刃。その広い攻撃範囲を見たエトナは迷わず影像の中に潜り込んだ。


「それ、無敵じゃないね」


 だが、ウーマは一見無敵とも思えるこの技の弱点を一瞬で見抜き、魔法陣へ更に強い魔力を送った。


「それは、一時的な無敵でしかない。影が消えるまでは無敵でも、影から出て自分が動かないと残像は作れないよね」


 雨のように刃が降る。深い青色の水の刃が。残像が後ろの方から消えていく。伸びる影がどんどんと短くなる。まるでエトナに残された寿命のように影の残像は消えていき……遂に、中に潜っていたエトナが追い出される。


「さぁ、どうするんだ? どうやって凌ぐ……この刃の雨を、さ」


 刃の雨は濃く、もはやウーマからはエトナの様子を見ることが出来ない。しかし、人一人分の隙間もないこの地獄の雨を回避することなど不可能だ。


「……ッ!?」


 深い青色の雨の中から、黒いナニカが抜けてきた。不定形のそれは刃の雨から抜け出すと、素早く人の姿に戻ってウーマの眼前まで一瞬で距離を詰めた。


「ハハハッ! 予想もしてなかったなぁ! なんだい、それ!? ハハッ、そんなことが出来るなんて、考えてなかったよ!」


「気分良くないので、私的にはあんまりやりたくないんですけどねっ!」


 エトナは一時的に全身を黒色に染め上げて、人の身を捨てることであの地獄の雨の中から脱出したのだ。スライムのような姿になったからと言って、凄まじい速度と量の刃を全て避けきるのは至難の業だが、エトナにとっては造作も無かった。


「確かに、気分は良くないよねぇ……僕も、気持ちはよ?」


 振り下ろされる漆黒の刃、それが触れる前に頭からウーマの体が二つに割れた。見える断面は深い青色が揺れていて、まるで水面のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る