暗部

 軍勢の中に飛び込んだエトナは、その実力を遺憾なく発揮していた。


「攻撃と攪乱……まぁ、出来てますよねっ!」


 漆黒の腕を振る。大きな刃と化したそれは周囲の兵士達の首を綺麗に刈り取った。


「殺しても殺しても蘇るのは厄介ですね……死の宝珠とやらはどこにあるんですかね?」


 同時に襲い来る無数の兵士。斬撃、打撃、どれもエトナを傷付けることはなくすり抜けるように避けられる。


「……ま、頭を使うのはネクロさんに任せとけばいいですよねっ!」


 エトナの斬撃が、一度に複数の首を刎ね飛ばす。


「にしても、私もジールさんみたいな伝説の戦士と戦いたいところで、すッ!?」


 それまで余裕そうにしていたエトナの表情が歪んだ。その理由は上も下も含む文字通りの全方位から同時に仕掛けられた攻撃だ。


「伝、説、の……戦士、じゃ……なく、て……悪い、が」


 地面から、空から、闇の中から、あらゆるところから現れて攻撃を仕掛けてきたのは、黒布を纏った複数の敵。そんな中、正面の男が声を発する。


「大丈夫ですか? 喋りづらそうですけど」


 全方位から仕掛けられた完全な不意打ちを回避したエトナは、目の前に立った男に声をかける。


「名、乗り、を……上げる、のは……初めて、だな」


「えっと……」


 困ったようにエトナが首を傾げる。が、男はそれに構わず言葉を続ける。


「俺、達は……ルファス、帝国……暗部」


 エトナを囲む黒布の男たち。良く見れば、その布には暗い赤色のラインが不規則に何本も流れるように描かれている。但し、一人喋っている男は一本しかそのラインが無い。


「『血』」


 たった一言、そう名乗った男に、エトナは真顔で答えた。


「……結局、敵ってことで良いんですよね?」


 男は、頷く代わりに短剣を投擲した。


「分かりやすくて良いですねっ!」


 エトナは短剣を軽く避け、そのまま一本線の男に斬りかかった。


「おおっ、流石に暗部なだけあって腕は良いですねッ! いや、暗部だからって腕が良いとは限らないんですかね? まぁ、どっちでもいいですねっ!」


 男はエトナの斬撃を回避すると、懐から刃渡り50cm程の剣を取り出し、エトナの猛攻を受け止めた。


「ッ、よく、喋る……なッ!」


「肩書というか、二つ名とか無いんですか? 赤帝騎士団のクレッドさんとかだったら、紅蓮とかあるじゃないですか」


 余裕を取り戻して喋り続けるエトナだが、彼女の敵は一人ではない。今、斬り合っている一本線の男とは別に、十六人の暗部が彼女の隙を常に狙っている。


「無い、な。必要も、無い……暗部に、そんなもの、は……なッ!」


「なるほど、今ですか」


 男の短い刃が、エトナの黒い刃を弾いた。その瞬間、十六人の暗部が同時に多方向から襲い掛かってきた。


影像斬舞シャドウ・ダンス


 エトナから、残像のように影が生まれる。しかし、鍛え抜かれたルファス帝国の暗部は惑わされることなくエトナへと刃が進んでいく。


「ッ!?」


 エトナに刃が触れる。その寸前、エトナの体が影像の中に消えた。


「私は影に、闇に……潜れます。当然、それが自分の生み出したものでも」


 現れた。暗部の一人、その背後から。


「先ず、一人……ですね?」


 男の首が刎ね飛ばされた。


「っと、そこそこ速いですねッ! 力はちょっと強くて、技術は凄いって感じですねっ!」


 再度殺到する暗部たちを躱しながら、エトナはそう評価した。


「でも、残念でしたねっ! 私はぶっちぎりで速くて、力は結構強くてッ、技術はとっても凄いんですッ!」


 三方向から同時に斬りかかってくる暗部の男たち。黒い布が翻るのをエトナは冷静に捉えつつ、黒い腕を振るった。


「三人突破……ですけど、これじゃ埒が明かないんですよね」


 どうしたものか、エトナは考え、一つの策を思いついた。


「……また、会いましょう!」


「ッ、逃げる、のかッ!?」


 エトナはポーチからから拳大の石ころを取り出し、地面に投げつけた。すると、それは網膜を焼き切るほどの眩い光を発し始める。


「おまけですっ! 闇雲ダーククラウド!」


「こ、んな……子供、騙し……で、はッ!」


 ついでに広がっていく暗闇の雲。しかし、この程度の手は今まで何度も使われてきた。暗部の男たちは失われた視力をものともせずエトナを追いかけようとした。


「い、や……ダメ、だ」


 光は彼らに対してまともな効果を発揮することは無かったが、そもそも、そんなものは元から必要なかった。


「……速、すぎ、る……」


 速度が、AGIが、違うのだ。段違いのスピードでエトナはどこか遠くへと消えていった。


「……次、だ」


 追いかけても仕方がない。この周辺にエトナの気配は無くなった。ならば、次の敵だ。暗部の男たちは、戻ってきた視力を頼りに、前へと歩み出した。


 ……ことにも気付かず。



「――――滅光蝕闇シュット・オプスキュリテ



 聞こえた声。振り返るよりも早く、暗部の男たちは硬直し、膝を突く。それは、迫る黒い球体の周囲に満ちる圧倒的な重力によるものだ。


「馬、鹿な……気配、は……無かっ、た……」


「そりゃそうですよ。私が一番得意なことは気配を消すことですからねっ!」


 気配遮断:SLv.9に暗殺者としての技術も載せられたその隠密は、帝国の暗部ですら見破ることは出来なかった。そして、その失態はそのまま死へと繋がる。


「それに、私言ったじゃないですか……また会いましょう、って」


「ッ!」


 呆れるように言うエトナの言葉と同時に、黒い球体は暗部の男たちを呑み込んだ。

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