心狼 vs 紅蓮

 クレッドの体から熱気が噴き出す。


「見せてやろう、ルファス帝国……紅蓮の本領を」


 クレッドの鎧の隙間から炎が溢れ、空気をチリチリと焼いていく。


「ほォ、火の能力か? だが、効かねえなァ……オレには、熱は効かねェ」


「安心しろ。熱は副産物だ……ガァァゥウウオォオオオオオオッッッ!!!!!」


 更に爆炎が溢れ、エクスの体まで呑み込んでしまうが、エクスは全く焦った様子もなく平気にしている。


「……なるほどなァ」


 収まっていく炎。その中から現れたクレッドの姿を見てエクスは呟いた。


「俺こそ、紅蓮。そして赤帝。を引きし至高の戦士だッ!!」


 鱗となった肌、それに紅蓮の鎧は溶け合ったように同化し、頭からは二本のぐねりと曲がった真っ赤な角が生えている。


「我が先祖は赤帝竜ウラスッ! 我が先祖は戦士スカサノッ!」


 クレッドの背に生えた二枚の翼が大きく広がり、はためき、クレッドの体を僅かに持ち上げる。


「さぁッ、誇りを以って死ぬが良いッ!!」


 爬虫類のように変化した目でエクスを睨み、竜の因子を現したことによって大きくなった図体と並べれば巨大とも言えなくなった剛槍を構えた。


「良いねェ……こういうのを待ってたんだよオレは。高潔なる戦士、強大なる竜……あァ、強敵だ。進化する前のオレなら手も足も出ないような怪物……あァ」


 恍惚としたような笑みを浮かべ始めるエクスに、竜の血を引きし戦士が飛び掛かる。



「――――最高だなァ」



 瞬間、地面から氷の壁がせりあがり、クレッドの槍を阻んだ。


氷叛武装アイス・アーマメント炎逆魔変ファイヤ・レンジタクス


 槍の勢いが完全に死んだと同時に氷の壁が自壊し、炎がエクスの体から溢れた。


「さァ、死んでくれんなよ?」


 神呪の炎は完全にクレッドの体を覆い隠し、逃れられたようには見えない。



「――――舐めるなよ、犬っころ」



 炎の中から、悠然と一人の男が現れる。男の体は焼けているようにも溶けているようにも見えない。当然、灰になってもいない。


「……オレと同じ、か?」


 無傷のクレッドを見たエクスは目を細めて呟く。


「そうだ。赤帝竜の血を引きし俺に炎熱は意味を為さない。お前と同じようにな」


「なるほどなァ、オレは寒冷系も効かねえけど」


 サラッとマウントを取ったエクスをクレッドが睨むが、エクスは気にした様子もない。


「……フン、まぁ良い。人狼の力と竜の力、どちらが上か教えてやる」


「ハハッ、やってみろよ」


 両者の姿が躍動する。炎が溢れ、空気を焦がす。暗黒の世界を炎が満たした。


「赫槍」


 紅蓮に満ちた剛槍が視界を覆う炎の中から突き出され、エクスの胸元に迫る。


「ハッ、当たんねえよォ」


 だが、エクスはそれが見えていたかのように回避する。


「オレには魔力が見える。火の中に隠れたって無駄だぜェ?」


「そうか」


 クレッドは短く返し、槍を突き出した。


「ハハハッ、当たらねェなァ? 速さではオレに分があるみてェだなァ!?」


 振り下ろされる槍を横に回避しながら、エクスはその爪を振りかざした。


「ッ! だが、この赤帝の肉体は容易には傷付けられんッ!」


 エクスの鉤爪はクレッドの胸を切り裂いたが、深い傷にはならず、更に数秒で完治してしまう。


「なるほどなァ……竜の強靭さに戦士の技巧。そこに、死の宝珠の力まで加わるとなりゃァ、殺しきれるか分からねェな」


 冷静に分析するエクスだが、その口角は上がっている。


「良いぜ、こういう時は決まってる……」


 最早その笑みを隠そうともせず、凶悪な牙を見せる。



「――――考えるのは、ナシだ」



 瞬間、エクスから爆炎が溢れる。ダイヤモンドダストのように細かい氷の粒が宙を舞う。


「全身全霊。殴って、燃やして、凍らせる。そしたらよォ……いつかは、死ぬだろ?」


 クレッドを襲った悪寒。それと同時に、彼に対しては無意味な炎が押し寄せる。


「……火は、炎熱は無意味だと言っただろう。まさか、そのちんけな炎で俺を焼けるとでもッ!?」


 クレッドの言葉通り火傷を負わせることも出来ない炎。しかし、その中を高速の氷の槍が走り、クレッドの体に突き刺さった。


「オラ、どうだァ!? 手動氷槍アイスランスってなァ!?」


 氷を操れても魔術のように高速で動かすのは苦手なエクスは氷の槍を生み出して、自分で投擲した。


「ぐッ、うッ、おォッ」


「どうしたァ!? その程度かァッ! 赤帝竜ってのは同じ竜でも雑魚みてェだなァ! 赤竜ディアンは竜気だけでオレの動きを鈍らせたがよォ、テメェは全然だなァッ!?」


 腹を氷槍で貫かれ、仰け反ったクレッドを何度も殴りつけるエクス。ただ殴られるままだったクレッドだが、エクスの言葉にギロリと眼光を光らせた。


「ッッ!!! ガァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 咆哮を上げるクレッド。その体からより強い特有の魔力……竜気が溢れ、エクスの体がピリッと痺れた。


「ヘッ、ハハハッ! やれば出来るじゃねェか……良いぜ、良いなァ、それでこそだ。本気、全力。テメェの一番大事なプライドを守る為に限界を超えやがれ」


「ガァァ……良い度胸だ。俺を前に先祖を馬鹿にするとは……だが、お陰で本気になれた。帝国の兵として被害を計算するような思考は、もう……完璧に捨て去った」


 クレッドの肉体。鎧と鱗は更に融合を深め、まるで元からそうであったかのように美しい、赤い光沢を放つ金属のような鱗を纏っている。


「戦士として不甲斐ない様だったのは謝罪しよう、人狼。だが……俺の先祖を愚弄したツケは払ってもらう」


 大きさ以外は完全に竜と化した頭をエクスに向け、その爬虫類のような瞳でクレッドは睨んだ。

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