終末へと

 傷だらけの人狼、血のみとなった吸血鬼、隙を見て飛び掛かるオーガとダークオーク。再生力や耐久力の高い者が盾となり、前線を張って着実に黒きものを傷付けていく。


「ヴぉ、ぇ」


「チィ……速ェし硬ェ。期待通り強ェじゃねえかよ?」


 泥沼の戦い。インセイン・ヒュドラのセインと精霊溶けし歪王樹ミックスト・デンドロンのシルワは耐久力の低い仲間を守る為に首と根を伸ばしている。


「ヴぉ、ぁァッ!」


「ぐぅォオッ!?」


 炎と氷と血に囲まれた黒きものが突然、速度を一段階上げてエクスを吹き飛ばした。


「ヴぁ、ぃぃッ!」


「ッ! これはッ!?」


 続けて黒きものの体が液状となってベレットの血の包囲をすり抜けていく。


「ネルクス、こっちに来るよ」


「クフフ、問題ないでしょう」


 血の包囲を擦り抜けた黒きものが人型に戻った瞬間、僕の視界を真っ赤な炎が埋め尽くした。


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』


 炎の濁流が過ぎ去った後、飛び込んでくるのは赤竜ディアン。彼の炎は黒きものを灰に変えることはなかったが、それでも動きを止め、そして今ディアンの巨大な口に呑み込まれた


『ガ? ガァ、ガァアアアアッ!?』


 黒きものを呑み込み、空へと舞い立ったディアンは空中で悲鳴を上げながら地面へと墜落していく。


「ディアンが危な……いや、分け身かな?」


「えぇ、間違いなく」


 黒きものを呑み込んだまま落ちるディアンの先には、ススとイシャシャ達。


「ッ! なるほどね。イヴォル、準備は出来てる?」


「既に出来ている……虹界乖離イーリスアポーキシ


 イヴォルを中心にこの暗黒の世界を駆け抜けていく虹の波動。


『ガァアアアアアアアアアッ!!』


 ディアンの分身が黒きものを呑み込んだまま、遂に地に落ちた。


「シルワ、今だよ」


「伸びろぉおおおおおおおおっ!!」


 爆散するディアンの分身。そこから現れた黒きものにシルワの根が伸びていき、その体を完全に包み込む。


「ヴぁ、ぃぃッ」


 が、鋭利な刃に変化したその腕で根の包囲を切り裂いて黒きものは拘束を突破する。


「クキャキャ、罠だぜ?」


 根の外側へと出た瞬間、黒きものの体がぐちゃりと音を立て、強く握られたペットボトルのように潰れてしまった。

 そう、黒きものが踏み出したそこはネロが拡張していた空間。元に戻ろうとする空間はその中に居た黒きものを圧縮した。


『隙あり、だ』


『……隙だらけ』


 潰された体。骨も臓器もない黒きものは直ぐに元に戻ろうとするが、その僅かな時間すらこの二人の剣士の前では致命的だった。


『緋蔭流、火閃カセン


『神代流、磊割靁剣らいかつらいけん


 駆け抜ける閃光と雷光。僕が一度目を瞬かせる間にはその斬撃は終わっていた。


「ヴぁ、ぃ、ぃ、ぃ……」


 斬りぬかれたのは胸元。人で言うと丁度心臓がある部分だ。


魂握ソウルグラスプ


 黒きものから切り出された破片に、ネルクスが手を突っ込む。ずぶりと沈んだ手は恐らく漆黒の中で魂を掴んだのだろう。ネルクスはニヤリと笑った。




 ♦




 それは元々、感情を喰らう存在だった。なぜ生まれたのかすら分からないその存在はとても弱く、虫も喰らえない程弱かった。だが、形のない感情を喰らい、魔力を喰らい、少しずつ力を得ていった。

 そして、いつしか人も余裕で喰らえるほど強大になっても感情を喰らうという性質は変わらなかった。彼が生まれた都市はとても大きく、その分影も大きかった。プラスの感情よりもマイナスの感情の方が力は大きく、元々透明だったそれは黒く黒く、染まっていった。

 そして、黒に染まった彼は憎悪を、狂気を常に強く抱いていた。彼は好んで人を襲うようになった。巨大な都市の影に潜むそれは、獲物を痛めつけ、十分に感情を引き出してから殺した。殺し続けた。

 その巨大な都市を滅ぼしてしまえるほど強大になっていた彼は、憎悪や狂気に身を任せないようになっていた。生き物を多く喰らった彼は、ただ一つの生物として在るようになった。

 そして、生物として生き残るため、彼は効率よく自分を強くする方法を知っていった。それは、変わらず人を喰らうことだった。

 人は何故か必ず群れていて、街や村という集合体から動かず、簡単に襲うことが出来た。黒きものは、感情に揺さぶられることが無くなってからも人を好んで狙った。

 だが、黒きものから完全に感情が消えた訳ではなかった。生物的というよりももはや機械的に獲物を喰らい続ける化け物となっても、感情は残っていた。

 そして、その感情は黒きものの肉体にとって不要だった。彼の体は黒い感情によって完全に染まってしまったが、彼自身の感情は寧ろ本来のものを取り戻していた。

 しかし、彼の感情が彼の肉体に逆らえることは無かった。肉体から無駄だと判断されていた感情という機能は、完全に切り離されていたのだ。

 無残に人を喰らう己を見て幾ら心を痛めようと、無意味に全てを滅ぼしていく己に幾ら絶望しようと、何も変わらなかった。変えられることは無かった。


 そして、黒きものは気付いた。黒きものの感情は、心は、魂は……気付いた。自分を何者かがあの忌まわしい体から引っ張り出し、鷲掴みにしていることに。

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