黒き外殻と、半透明
ネルクスが引っ張り出したそれは、全てが漆黒に満ちていた筈の黒きものに似つかわしくない半透明だった。白みを帯びた半透明のそれは、ネルクスの手にしっかりと掴まれている。
「さて、どうしましょうかね? 私が食ってしまっても良いですが……見た感じ、これを喰らっても大した力は手に入らなそうですから、安全を取って潰してしまうのもありですねぇ」
僕の目の前まで飛んできたネルクスの背後では魂を抜かれた黒きものが悶えるように痙攣している。
『ヴぁ、ぁ……ぼ、クは……』
声が聞こえた。テイマーの能力である魔心通話によって、声が聞こえる。
『そ、ゥ、か……こう、なった、かよ……』
「……ネルクス。潰すのはちょっと待ってね」
そのまま潰してしまいそうな勢いだったネルクスを制止しておき、僕は一歩その魂に近付いた。
「やぁ、こんにちは。僕の言葉は分かるかな?」
『……分かるヨ。分かルさ。朧げだけど、覚エてる。ぼクに最初に話しかけてくレた人だよネ?』
「あぁ、そうだね。そういえば最初はそんな感じだったかな」
結構話が通じるね。意外だけど、良かったよ。
「良ければなんだけどさ、僕の仲間にならないかな?」
『……なったところデ、ぼクはここから出ることは出来なイだろ?』
「いや、それに関してはやり方があるんだ。魔物使いの僕だからこそ出来る裏技がね」
僕が得意げに言った辺りで、ネルクスが顔を顰めた。
「我が主よ、ゆっくりと話している時間はそう無いようです。無防備な魂だけの姿となった彼を奈落の流れが呑み込もうとしています。今は私が保護できていますが……時間の問題ですねぇ」
だったら、猶更急がないとね。
「という訳で、僕の仲間になってここを一緒に出ない?」
『……仲間になるのモ、ここから出るノも、嬉しイ提案だ。だけど、ぼクを今ここで戦ったみたいな戦力として数えたリ、そモそも今後も普通に話せるトは思わなイでほしい。今は魂だけの純粋な状態だけド、ぼクは既に肉体の操作権を肉体自体に奪われてルんだ。だから、暫くしたラまたあの醜い制御不能の化け物にぼクは戻っちゃう』
「それは……なるほどね」
肉体の操作権を肉体自身に奪われる……何が起きたらそんなことになるのか分からないけど、恐ろしいね。
「でも、君が僕の従魔になってくれればそれもどうにかなるかも知れないよ。君と契約できれば君の体の命令権を僕が持てるから、それでなんとかならないかな?」
『そっカ。魔物使いって言ってたナ。だけど、どうだろウな。アレは理性じゃなくて本能で動く生物だ。まぁ、アレって言ってもぼクなんだけど。それに、君の契約が魂に作用するモのなら一層命令が効果を発揮するのか分からなイ』
なるほどね。命令自体が効かない可能性かぁ。にしても、変なしゃべり方だね。まるで一緒に色んな人が喋ってるみたいな。
「君って、人格がいくつもあったりする?」
『デリカシーに欠けた質問だネ。ぼクは幾つも人格がある訳じゃないが、そもそも色んな人間の感情を食って成長してきたから元から幾つもの人格が混ざってるみたいなものなんダ』
へぇ、気になるね。生まれや育ちにも興味はあるけど、残念ながら時間が無いらしい。
「まぁ、何にしても試さなきゃ分からないから。一旦従魔になってくれないかな? 時間も無いみたいだし」
『強引だなァ、君。でも、ぼクは嫌なんだよ。その試しでぼクがまた暴走して……沢山の人や物を傷付けるのが、サ』
なるほどね。また黒きものが現世で暴れ出すのはちょっとやばすぎるシナリオだ。
「でも、大丈夫だよ。君がまた暴れ出しても、今みたいにまた止めればいい。安心してくれて良いよ。君一人と、僕ら全員なら僕らの方が強いってことはもう証明されてるんだし」
『……ハハ、頼れるこト言うなァ。君自身は君の仲間の誰にも勝てないくらい弱いノに、凄く自信があるんだネ……羨ましいヨ。ぼクは、自分が嫌いで嫌いで仕方ない。だから、奈落に堕とされた時も安心したんだ。今、消えてしまえるなラそれでも良いとさエ思ってるんだよ、ぼクは』
自己を否定する彼に話を続けようとした僕は気付いた。半透明な魂が黒い奈落の流れに揺られて不安定に崩れ始めていることに。
「……良いから、僕の仲間になってよ。僕が勝って、君が負けたんだ。言うことを聞くべきだと思わないかな?」
『ハハハ、強引だなァ。強引だし、全く思わないけド……良いよ。だけど、約束がある』
僕は無言で頷いた。
『ぼクを絶対に制御できる保証が取れるまで、ぼクのことは封印しておいて欲しい。魔物使いなら、あるンでしょ? 自分の配下を入れておく空間みたいなのが、サ』
「あるよ。流石に長く生きてるだけあって博識だね」
僕が言うと、魂は少し笑ったように揺れた。
『まだ納得してないみタいだから続けるけド、君がぼクを倒したのは飽くまでこの奈落の檻の中だ。だけど、現世は違う。完全に他に被害が出ないヨうになんて出来ないだろうシ、なんならぼクの体も逃げ出すって選択肢がある。そうなったら凄くマズイ。だから、絶対の保証が出来るまでぼクを解放しないで欲しい。若しくは、どうしてもぼクを解放しないといけない、どうしようもない状況だけダ。いいかイ?』
風が吹けば消えるほどの存在感になっていた彼に、僕はもはや頷くしかなかった。
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