黒きもの
黒い人型。それは、緩慢な動きで近付いてくる。
「黒きものは時に分裂し、拡大し、増殖する。だが、根源はいつも一つだ。スライムに少し似ているが、スライムとは違う。奴らは増殖して種を増やすが、黒きものは常に単一の存在だ。どれだけ増えようと別れようと意識は一つ。あるのは狂気と憎悪だけだろう」
「ふーん……」
狂気と憎悪、ねぇ。僕からすれば、この動きのどこにも憎悪は感じられない。
「とはいえ、ね」
僕の呼びかけに彼は返事をしなかった。ただ、近付いては手を伸ばすだけだ。正直、どうしようもない。
「さて、話は終わりだ。仕掛けるぞ」
「おォ、やっとかァ? 話しなんてのは最初から全員叩きのめしてからでも良いと思うんだけどなァ、オレは」
脳筋なエクスを無視してイヴォルは杖を振るい、魔法陣を宙に浮かべた。
「ぅ、ヴぁ」
瞬間、黒きものがイヴォルに向かって飛び掛かった。
「ッ! 危ないな……」
無数の魔法陣から放たれた色とりどりの魔術が黒きものを寸前で吹き飛ばした。
「ヴぁぁ……ぅ」
吹き飛ばされ、地面に倒れる黒きもの。それは呆然とした様子で起き上がり……身体中から細い棘付きの触手を伸ばした。
「
放たれる虹の奔流。それは黒きものを完全に呑み込んだ。
「……ヴぁ、ぁ」
奔流の中から現れるのは、体の表面がズタズタになった黒きもの。しかし、その傷も彼の体が一つ波打つだけで完治してしまう。そして、黒きものは完全にイヴォルをロックオンしている。
「ヴぁ、ぅ」
「させねェよ」
高速でイヴォルに向かって伸びる無数の触手。しかし、それらが一瞬にして凍り付き、灰と化す。エクスだ。
「『烈血』」
それに続いて殺到するのはベレットの烈血。触手のように伸び、鞭のようにしなり、刃となって黒きものをぐちゃぐちゃに切り裂いた。
「ふぅ、こういう化け物相手には何もさせずに殺すに限りますね」
「……ヴ」
八つ裂き以上にバラバラにされ、地面に散らばった黒きものはスライムのように地を這いずって一つに戻ろうとしている。
「消滅しろ……
イヴォルが黒い欠片達に近付き、杖を直接当てた。瞬間、杖が触れている欠片が内側から虹色に代わり、虹の光を爆発させて消滅した。
「
一つずつ、確実に消滅していく黒い欠片達。
「……終わり、か?」
遂に、黒い欠片達は一つ残らず消え去った。まさかこれで終わりなのか、全員が疑ったその瞬間、遥か遠くの前方から黒い濁流が押し寄せてきているのが見えた。今は遠いので小さく見えるが、近付けば僕らを簡単に呑み込める程の大きさだと分かるだろう。
「ッ! ヤバい、皆ッ、集合、結界、防御ッ!」
急いで全員を集合させ、結界や防御を展開させる。
「
「護血結界」
「無解石、六宝石、塵衝石」
直ぐに結界や防御が展開され、僕らを包み込んでいく。数十秒後、轟音が響き、世界が揺れた。
「凄い音だね……ていうか、このままで大丈夫? じり貧にならないかな」
「問題ない。こちらは結界の外に攻撃する手段があるが、向こうは無い。どうにか結界を破壊しようとすることしか出来ないだろう」
なるほどね。それならいいけど……どのくらいかかるかな。まぁ、イヴォルが居ればどうにかしてくれそうな気はするけど。
「む、これは……マズイな」
と、隣でイヴォルが不安になるようなことを言った。
「マズイって?」
「恐らく、この結界はもうしばらくで崩壊する」
瞬間、バリンと嫌な音が聞こえた。
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