血も炎も煮え滾り

 傷だらけというよりもはや穴だらけになった巨人とキマイラは、何とかその苦痛に耐えて起き上がった。


「ぐ、ぐぬぉッ、ギ、ザマ、らぁ……ッ!」


 身体中が真っ赤になり、各部が溶け落ちている巨人に対し、キマイラは熱に対しては平気そうだった。心配そうに上部のアレミスを見ている。


「キマイラは熱に対しても平気なのかな……自分であんな高熱の炎を吐き出すくらいだしね」


 僕が考察していると、背後から熱風が押し寄せた。


「熱いなぁ……エクス?」


「良く分からねェが、炎は効かなくても熱は効くんだろ? だったら、オレの炎で燃えはせずとも溶けはするはずだ。つまり、炙ってやればいいって訳だァ。炎は触れさせず、熱波だけで溶かす……オレの火なら、それくらい余裕だからなァ」


 多分、エクスの温度変化耐性とは違って彼の耐性は炎や氷そのものに対するものだ。その耐性だけでも通常より熱には強いはずだが、確かにエクスなら熱波だけで溶かせるかもしれない。


「それと、あの蒸気の正体はキマイラの炎を利用してたのかな? グランみたいに自分で熱を発生させられる訳じゃないのかもね」


「多分そうですね、伝説の中でも蒸気がどうとかっていう話は無かったので」


 ちょっと暇そうなエトナが僕の横で答えた。


「エトナ、暇そうだね」


「まぁ、エクスさんが熱波で殺すっていうなら近付くと巻き込まれて溶けちゃいますし……あんまりやることないです」


 緊張感無いなぁ。実際、彼らはパワーもスピードもタフネスあるけど、決定力に欠ける部分がある。正直言って、そこまで命の危険を感じない。ネルクスも居るし、ネロに転移してもらうだけでも逃げられるし、なんなら僕自身も転移が使えるから危険を感じれば逃げられる。


「まぁ、まだ時間かかりそうだしじっくり見とこうかな」


 アレミスを熱で殺せたとしても、シメールが残るしね。


「いや、直に終わる」


 僕の言葉を否定したのはさっきまで気配を感じなかったイヴォルだ。


「終わるって、どうやって?」


「この私を相手に彼らは時間を掛けすぎた」


 答えになっていない答えを返すイヴォル。彼の体からは膨大な魔力が迸り、周囲に大小様々な魔方陣が浮かび、幾何学的な模様を宙に描いている。


「『崇体咀若すうたいぞにゃ、翻天覆地』」


 魔方陣が増えていく。展開されていく。


「『覆り、翻る。尊きは堕ち、貴きは腐る』」


 視界の奥、奮闘する人狼の姿が見える。その熱波は確かに巨人を溶かしているが、恐るべき再生力にダメージが相殺されている。


「『天衣無縫は綻び解れ、金甌無欠も砕け散る』」


 もはや棍棒も失った巨人は、拳でエクスへと殴りかかり、エクスはそれを氷の壁で受け止める。


「『この世は正に諸行無常、驕るも驕らぬも等しく滅びぬ』」


 噛みつきにかかるキマイラ。しかし、エクスの速度を捉えることは出来ず、お返しの殴打で自慢の牙を砕かれる。


「『動かざる理、変わらざる則。我が杖にて反証する』」


 殴り合い、溶かし合い。高まる熱はしかし、再生と耐性を超えられない。


「『虹界乖離イーリスアポーキシ』」


 瞬間、イヴォルの周囲に浮かんでいた全ての魔法陣が砕け散り、虹の波動が放たれた。


「ッ! 何だァ、こりャ……?」


「気にするな。気にせず殴れ、人狼よ。炎も氷も全開で良い。何も気にせずに殴れば、それで勝ちだ」


 虹の波動はこの暗黒の世界を通っていくが、僕らの体には何も干渉せずに擦り抜けていった。しかし、アレミス達はそうはいかなかったらしい。


「体が……妙だ。何だ? 一体、何だこの不安感は……?」


 自分の体を怪訝そうな顔で確かめる巨人。


「イヴォル、君は何をしたのかな?」


「この魔術は余り使い勝手の良いものでは無い。そもそも、私は全ての属性を操れる。故に、この魔術が必要になる機会は少ない」


 最近になって分かった。イヴォルには自分の語りたい事を冗長に説明する癖がある。


「……つまり、この魔術は何なのかな?」


 イヴォルの視線の先にはエクス。彼もいまいちイヴォルの言っていることが分かっていないようだが、取り敢えず信じることにしたらしく、身体中から炎を噴き出している。



「────虹界乖離イーリスアポーキシは、一定の基準を超える相手の耐性を無効化する魔術だ」



 燃え盛り凍て付いたエクスの拳が、振り抜かれた。


「オラァアアアアアアアアァッ!!!」


「ぐぬぉおおおおおおおおッッ!?」


 溢れる爆炎。一瞬にして凍て付く世界。これがただの拳の一振りで発生する事象だというのが恐ろしい。


「ば、馬鹿な……我が体が、炎で焼ける……凍る……有り得ん、有り得ないのだ……」


 たった一撃。それだけで、巨人の体は半分以上が焼け落ち、キマイラの全身が凍結した。


「一旦、全部凍らせてやるよ……一息で砕く為になァ」


「ッ、我が凍るッ、最強たる我がッ、我らがッ! 凍るッ、砕け散るッ!?」


 既に凍り付いたキマイラから冷気が伸びていく。少しずつ、アラミスの体が凍て付いていく。


「やめろ……やめろ……あぁ、ぁ……我が、妹、よ……シメール……すま、ない……」


 氷像と化した巨人とキマイラに、エクスが近付いていく。


「じゃァな」


 巨人は、キマイラは、氷像は……砕け散った。

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