破壊撃

 空を覆いつくす炎の中から、人狼が飛び出した。神呪の炎を帯びず、咒の氷も纏わぬエクスの拳は、それでも神鬼滅殺の二つ名を持つ化け物に届いた。


「死ねェええええええええええええええッッ!!!」


「ぐぅぅぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」


 拳が直撃すると同時に赤黒い衝撃波が爆発し、離れた場所から見ている僕ですら吹き飛ばされかけた。


「ぐッ、ぐふッ……ぐぶッ……」


 巨人の体は中心から円形に抉れ、体の七割以上が吹き飛んでしまっている。その下のキマイラは衝撃波だけで肌がボロボロに削れ、手足は損壊している。少しずつ再生してはいるが、このまま畳み掛ければ十分に仕留められそうだ。


「……ぐッ、よもやこれ程とはな……」


 脊髄まで吹き飛んでいるはずの巨人アレミスは未だ動き、残った片腕で地面に転がった棍棒を拾い上げた。


「これでも死なないんだね……初めに死とは無縁だとか言ってたけど、あながち嘘でもないみたいだね」


「当たり前だ……我らは最強でなければならんのだ……故に、死など許されん……許されんのだッ!!」


 赤い蒸気が傷口から激しく噴きあがる。彼らは闘志を滾らせ、棍棒を振り上げた。


「退けぇッ!」


『グガァアッ!?』


 空中から飛び掛かるディアン。相手は巨人と言えど、それでも体格的には有利なはずのディアンが吹き飛ばされた。


「お前を殺せば良いのだろうッ、終わるのだろうッ!?」


「別に、終わりはしないよ」


 真っ直ぐに僕に走ってくるアレミス・シメール。巨人と獅子、その表情には狂気が滲んでいる。


「邪魔だッ!!」


「グォオオオオッ!?」


「ガルゥォオオオオオオオオッッ!!」


「ブモォオオオオォッ!?」


 斧を持って飛び掛かるロアは棍棒で返り討ちにされ、立ち塞がったドゥールは獅子の口から放たれた爆炎に吹き飛ばされた。


「マスター」


「ネクロさん」


 警戒するように、真剣な表情で並ぶ二人。その脇を一人の男が通り抜けていった。


「まぁまぁ、俺に任せて下さいよ。ここまで、大した活躍無しなんでね。時代遅れの怪物を吹き飛ばすくらい出来なきゃ……」


 襤褸同然の色褪せた茶色い服を纏った男が、その手に持った剣で……自分の体を切り裂いた。


「同じ、時代遅れの怪物としての名が廃るんでね」


「道を空けろッ!!」


 剣を鞘に直し、両手をポケットに突っ込んで棒立ちするベレット。彼の体からはどくどくと血が零れ、その無防備な体に巨人の棍棒が迫っている。


「退けぇッ!!」


「『烈血』」


 瞬間、ベレットの傷口が大きく開き、大量の血が一気に噴き出した。


「これはッ」


「『荒れ狂え』」


 溢れ出る血は一切止まる気配を見せず、宙を舞う大量の血は空中で刃や鞭、槍など様々な形を取り、彼らに殺到する。


「ぐぬぉぉおおおッッ!!」


 巨人を、キマイラを、傷だらけにし、拘束し、動きを止めようとした烈血。しかし、彼らは傷付く体を無視し、血の拘束を引きちぎって目の前のベレットに棍棒を叩きつけようと突き進む。


「うわ、思ったよりタフだ。じゃ、しょうがないか……これ、あんまし好きじゃないんだけどなぁ」


 後ろに飛び退いたベレット。しかし、十分棍棒の射程内には入ってしまっている。


「んじゃ、行くか」


「死ねぇェッ!!!」


 棍棒が迫り、ベレットの体が……弾け飛んだ。いとも簡単に彼の体は潰れ、肉塊すら残らずびちゃりと大量の血が飛び散った。残ったのはその血と剣、ボロボロの服だけだ。


「獲ったッ!! 次だッ、次は貴様らだァッ!」


 狂気に染まった目でエトナとメトを睨むアレミス。自分の血と返り血と、赤く汚れた彼の体が……蠢いた。


「ぐぬぅッ!?」


 いや、彼の体だけではない。彼の周りに飛び散った血も、蠢いている。


「ぐッ、ぐぶッ、おゔぇッ!?」


 エクスに体を半壊させられた時ですら倒れなかった体が、ぐらりと傾く。


「ぐッ、ぐぅううッ、ぐぉおおおおおおッッ!!」


 バタリと倒れた体に、地を這う血が群がっていく。


「なぁッ、なんだこれは……ッ!! やめろッ、消えろぉおおおおおおッッ!!」


 ぶしゃ、彼の体に次々に穴が開き、そこから血が噴き出しては、群がった血が中に入っていく。穴はどんどんと増え、初めに腕が原型を無くした。


「ぐぉおおおおッ、消えろッ、燃えろおぉおおおおおおッッ!!!」


 彼の体から尋常じゃない量の蒸気が噴き出す。その赤さは今までの向こう側が見える程度のものではなく、完全な赤色。空にペンキをぶちまけたかのように、真っ赤な蒸気が彼の体から噴き出している。その出力は今までの何倍もあるものなのか、少し離れた僕ですら灼熱のような暑さを味わっている。


「ぐッ、ぐうぅ……ぐぉぉッ……ッ!」


 だが、その熱に耐えきれないのは彼自身も同じなのか、巨人の体は少しずつ溶けていき、苦しそうな声を上げている。


「飽くまで耐性があるのは炎に対してで、熱自体は効くのかな」


「ふぅ……暑すぎて死ぬかと思いましたよ」


 背後から声が聞こえ、振り返る。


「やっぱり、生きてたんだね。あんなに自信満々な雰囲気のまま死ぬとは思ってなかったけど」


「はは。あのまま死んだらダサすぎなんでね。わざと潰されて、密着状態からアイツの体内に侵入したんですよ。血だけになって」


 なるほどね。内部から攻撃してたってことだね。


「あーあ、ただでさえボロボロな服が更にボロくなっちゃった。またミラに怒られるなぁ、これ」


 いつの間にか拾っていたらしいボロい服をなんでもなさそうにベレットは纏った。

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