神鬼滅殺

 見上げるほどの巨体。それは思うがままに暴れ、何度も僕の従魔を弾き飛ばした。だが、何度彼の棍棒が叩きつけられても僕の仲間たちは平気だった。


「むぅ、中々死なんな。面白い、そろそろ本気を出してやろう」


 キマイラの体から蒸気が沸き上がり、彼らの体が薄く赤みを帯びていく。


「『我、強き者。何者にも負けず、劣らず、歯牙にもかけず』」


 明らかに強化の類。それを止めようと無数の術が彼らの体に襲い掛かる。が、どれも大した効果を上げずに弾かれる。


「『我、強き者。何者でも食らい、砕いて、血肉と変える』」


 魔術の次は竜の炎が、シルワの樹木が、メトの大地が襲い掛かる。しかし、幾ら巻き付かれ、焼き焦がされようと彼らは動じない。


「『我ら、強き者。混じりし我ら、敗北は許されず。全てを喰らうことこそ我らが存在証明』」


 彼らの体から沸き上がる蒸気。それすらも赤みを帯びていく。


「『討滅狩猟』」


 同時に獅子の口から放たれる咆哮。それは僕の心臓を震わし、足をすくませた。


「……良いね、こっちも小手調べは終わりだ」


 だが、まだ本気じゃないのはこっちも同じだ。


「全員、出し惜しみは無しだ! 全力で行こう!」


 同時に各地から響く咆哮。それに続いて僕は時魔術を行使した。


停滞スロウ


 目には見えない時魔術がキマイラに作用する。はずだが、効果があるようには見えない。


「効かぁんッ!! 偽証の揺り籠より生まれし我らに時繰りなど意味は無しッ、空裂の刃も、竜の炎も全て同じよッ!!」


「……そうみたいだね」


 彼の言葉通り、僕らの攻撃のどれも彼を傷付けられているようには見えない。時魔術も空間魔術も、炎も……一体、何なら効くんだろうか。


「厄介だね。どうしようか」


 考え込む僕の横に、イヴォルが現れ立った。


「厄介なのは当たり前だ。この奈落の牢獄に囚われるような相手が厄介でない訳がない。ここに居るということ自体が、冥王ですら手に負えなかった怪物である証明だからな」


「まぁ、それはそうだけど……」


 どうすればいい? 取り合えず、彼にあるのは耐性だ。それを突破する方法はなんだろうか。


「んなもん、簡単じゃねえかァ?」


 いつの間にか僕の隣に居たエクスが笑う。


「お前も言ったが、さっきまでのオレは小手調べ……まだ炎で小突いて、氷で叩いたくらいだぜ? オレはまだ、一番自慢のこの拳をぶつけてねェ」


 不敵に笑う人狼。体に張り付いていた氷は砕け、纏われていた炎は散っていく。残ったのは白い毛並みと鋭い爪、黄金の瞳だけだ。


「燃やす、凍らせる、殴る。どれか一つでも残ってりゃ、オレは十分に最強だって、証明してやるよ」


 人狼が、跳躍した。


「オラァッ!! 喰らえや木偶の坊がァッ!!」


「ぐぬぅッ!?」


 山羊の胴から伸びる巨人の体に、人狼の拳が直撃した。


「ハハハハハッッ!! 効いてんなァッ!?」


「ぐぅッ、き、さまッ!!」


 何度も殴りつけるエクスに、巨人が棍棒を振り上げる。


「ッ! 危ねぇじゃねぇかッ」


 空中に居たエクスは回避できず、直撃のコースから動けなかったが、ギリギリで氷による防御を展開できた。しかし、衝撃までは殺しきれず、エクスは遥か上空まで打ち上げられた。


「ガルゥォオォオオオオオオッッ!!!」


 その無防備なエクスに、キマイラが獅子の顔を向け、大きく口を開いて……火炎を吐き出した。


「へぇ、火も吐けるんだね」


「暢気に言っている場合か? キマイラの炎は並大抵のものではない。しかもこの変異種の炎となれば幾らあの人狼と言えど……」


 火炎のブレスに呑み込まれるエクス。焦りを見せて言うイヴォルに僕は笑った。


「あはは、大丈夫だよイヴォル。そもそも、エクスには……」


 獅子の頭は息を吐き切り、豪炎が晴れていく。



「――――熱による攻撃は効かない」



 炎の中から現れたのは、巨人に向けて垂直落下する無傷の人狼だった。


「ハハハハハハハハッッ!!! オレに炎がッ、熱がッ、効くとでも思ったのかァ!? 神の炎ですら効かねぇのによォォッ!!」


「ぬぅッ!? 馬鹿なッ、シメールの炎が効かんだとッ!?」


 天を仰ぐ巨人、その先に見える人狼は赤黒い凶悪なオーラを放っている。


「行くぜェえええええええええええッッ!!! 必殺ッッッ!!!!」


 空中から炎が溢れ、漆黒の空を赤色で覆い隠した。当然、エクスもその炎の中に紛れ、消える。


「ぐッ、どこだッ! どこから来るッ! 弾き殺してやろうッ!!」


 天を仰いだまま棍棒を構えようとするアレミス。その体に、植物の根が、液体のように流動する金属が、絡みつく。


「ぐぬゥっ!? 邪魔だッ!」


 迎え撃とうとする巨人の邪魔をするように絡み付いていく植物と金属。それを振り払おうとした瞬間に見えた一瞬の力の弛み。それを見逃さない者達が居た。


『――――見えた』


『――――斬る』


 金属と植物が千切れたと同時に、棍棒を持つ巨人の腕がボトリと地面に落ちた。


「馬鹿なッ、腕がッ!? ならばッ!」


 迎撃も防御も不可能と判断した彼らに残された道は当然、回避のみだ。しかし、その道を塞ぐ者達が居た。


「グォオオオオオオオオオオッッ!!!」


「グオオオオオオオオオオオッッ!!!」


「ガァアアアアアアアアアアッッ!!!」


「ギャォオオオオオオオオオッッ!!!」


 ロアが、グランが、ディアンが、セインが、無数の魔物達は既に彼らの体を囲んでいた。この怪物よりは力の劣るものが殆どだが、それでも束ねれば動きを止める程度難しくない。


「ぐッ、貴様らァッ、やめろッ、やめんかァッ!!」


 藻掻く怪物。溢れる赤色の蒸気は凄まじい熱量で近付く者達を焼くが、一人としてそれに怯む者は居ない。



「――――喰らえェェッッ!!! 神ッ、狼ッ、拳ッ!!!」



 動きを封じられた怪物に、赤黒い拳が降り落ちた。

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