常識、価値観、相違。

 身長七メートル程の巨体に解析スキャンをかけると、ステータスが表示される。


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 ティターン・キマイラ (アレミス・シメール) Lv.95


 《閲覧権限がありません》


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 ティターン・キマイラ……聞いたことは無いね。ただ、レベルは異常に高いね。ていうか、名前がアレミス・シメール……妹の名前がシメールって言ってたけど、もしかして、そういうこと?


「ところで、君の妹のシメールちゃんはどこに居るのか聞いても良いかな?」


 僕が聞くと、上半身だけの巨人は笑った。


「――――ここに」


 やっぱり、そういうことか。


「我が妹シメールは、今や我が半身」


「じゃあ、君がアレミスで……君がシメールってことだね」


 僕は巨人とキマイラを順番に指さした。


「正しく」


「でも、元からそうだったって訳じゃないよね?」


 アレミスは頷く。


「我らは同じ胎より生まれし兄妹。しかし、死の間際にて我らは融合を果たした」


「……僕の中の常識だと、キマイラと巨人は同じ胎から生まれることは無いんだけど、義理の兄弟って訳じゃないんだよね?」


「義理ではない。我らは偽証の揺り籠により産み落とされた同胞。巨人の部族に拾われた我らはそこで育ったのだ。結局、我らを回収しようとやってきた奴らに部族は滅ぼされてしまったが」


 偽証の揺り籠。なんだか胡散臭い言葉が出てきたね。


「へぇ……因みに、今のところまともに話が出来てる感じだけど、見逃してくれたりはしない?」


「……分からんな。話が出来ることと争わぬことに何の関連がある?」


「話が出来るってことは、争いになる原因を争わずに解決することが出来るってことだよ。勿論、出来ないこともあるけどね」


「確かに、言葉だけで争うことなく解決できる問題など無数にあるだろう。だが、何故そうしなければならん」


 何故、ね。


「その方が効率が良いからかな。群れ全体を生かす上で群れの中で争うのは非効率すぎるし。例えば食料を巡って群れの中で争いが起きるとして、争いの結果で勝った個人は得をしてるかも知れないけど、資源の全体量は変わらないのに生産者は減るから群れ全体で言えば損をすることになるよね」


 勿論、生産できない状況にある上での食料なら人が減った方が一人当たりに割り当てられる食料が増えることになって結果群れが生き残りやすくなる場合もあると思うけど、態々話す必要は無い。


「その理論で言うならば、群れ全体の為に個人は我慢し続けなければならないということか?」


「ん、まぁ、そうだね」


 巨人は顔を顰めた。


「何故それに誰もが納得しているのか、我には理解できん。勿論、お互いが得をする為に協力をすることも、特に親しい誰かの為に自分を犠牲にすることも分かる。だが、顔も知らぬ誰かの為に自分が損をすることなど、誰もが受け入れられないことではないか」


「……それは、社会っていう安全で生き残りやすい集団の中で生活する代償かな。君も群れの中で暮らしてたなら分かるんじゃないかなと思ったんだけど」


 僕の言葉が巨人に響いた様子はない。


「我らの群れは共に飯を喰らい、酒を飲み、踊り明かし、語らい合う為にあったものだ。当然協力しあうことはあるが、お互いを守る為の群れではない。もっと言えば、群れの中での殺し合いが咎められることは無かった。そもそも、群れの長を決める方法は命を懸けた決闘であるからな」


「……なるほどね」


 説得は無理らしい。彼らはそもそも種族としての強度が高すぎる。群れずとも生き残れる種族に人間の常識を説いたところで意味が無いのはある意味当然のことだった。大きさ以外は同じ見た目の巨人だから、勘違いしてしまったのかもしれない。


「しょうがないね。だったら、ここらで君が望んでた話をする時間ってのは終わりだ」


 僕は意味があるかも分からない二本の短剣をインベントリから取り出し、構えた。



「――――喰らってみなよ。喰らえるもんならね」



 僕が笑うと、巨人も笑った。キマイラの獅子の頭も獰猛に口を開く。


「そこまで言うなら食ってやろうッ!! 我が棍で砕き、獅子の牙で潰してやろうッ!」


「あはは、結局こうなっちゃうか。ごめんね、イヴォル。説得とか無理だったよ」


「仕方無い。彼らと我らは違う種族だ。競争こそが全ての彼らには元から通じるはずのないものだった。それよりも、対策を考えるべきだ」


 そうだね、と僕が答えようとした瞬間、あの巨体が一瞬にしてこちらに迫っていた。


「グォオオオオオオオオオオオッッ!!!」


「ブモォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』


 盾になったのはロア、ドゥール、ディアン。ロアの斧はアレミスの頭に直撃し、ドゥールは気合でシメールの山羊の足にしがみつき、ディアンはその赤竜としての巨体を活かして正面からぶつかった。


「むぅッ! 竜かッ、懐かしいなッ! だが竜など数え切れぬほどに殺してきたッ、竜だけで止められると思わぬことだッ!!」


 アレミスが振り払うように体を動かすと、三体の魔物が弾き飛ばされる。が、代わりに今度はエクスやグラン達が襲い掛かる。


「ネクロさんネクロさん」


「ん、どうしたの?」


 二回も名前を呼んだエトナに振り返る。


「あの人、神鬼滅殺のアレミスです。鬼神グドラガンダを殴り殺した伝説の巨人ですよ。大きなキマイラを飼っていたって話だったんですけど、本当は妹だったんですね……」


 神鬼滅殺、随分な二つ名だね。だけどどうやら、その異名も伊達じゃないようだ。

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