Welcome Back to Abyss

 ゲートの先、二度目の奈落。広がるは暗黒。見渡す限り光は無い。


「んー、二回目でも慣れないね。ここは」


「そうですねー、真っ暗です!」


 なんというか、居るだけで不安になるような空間だ。一人でここに放り出されたら直ぐに狂ってしまうかも知れない。


「うわぁ、やばいなこれ……流石奈落って感じですね」


 ベレットが辺りを見渡しながら言う。


「さて、それじゃ……どこに進めばいいのかな?」


 意気揚々と歩きだそうとした僕だが、道なんて分かる訳が無かった。


「私に任せておけ。移動する」


「うぉっと、何ですかこれ?」


 イヴォルが答えると、僕の体を浮遊感が包んだ。


「移動だ。何もない奈落でなければ実質的に不可能な移動手段だが、ここでは最適の術だ。信じられないかも知れないが、距離で言えば既にガンドラ山脈を縦に進み切った程だな」


「……ガンドラ山脈? 実感無さ過ぎてやばいですね、これ」


 既に移動中のようだが、ジェットコースターのように重力を感じることは無く、快適だ。この暗黒の中では移動した距離など全く分からないが、恐らくかなり移動しているのだろう。


「さて、この辺りだな」


 浮遊感から解放され、足が地面に着いた。


「僕的には一切変化を感じられないんだけど、さっきの場所と何が違うのかな?」


「ここから少し進めばここが恐れられる所以を味わえる」


「ふぅん、こっからが本番って訳だね」


 イヴォルは頷き、歩き出した。


「あぁ、正にそうだ。前に奈落に来た時も言ったが、ここは刑務所で例えれば飽くまで廊下でしかない。今から通るのは牢の中だ。理外の化け物ばかりが閉じ込められた地獄の牢の中だ」


「へぇ、恐ろしいね」


 とは言いつつも、僕は少し楽しみだった。この奈落に閉じ込められる程の化け物とはどんなものなのか。


 ♢


 あれから暫く歩き続けていると、イヴォルが急に立ち止まった。


「ここだ」


「急だね」


 僕も慌てて急停止する。


「私でも牢には近付けなければ分からない。この曖昧な奈落という空間ではな」


 イヴォルは数歩進み、どこを見ても変わらない暗黒を睨んだ。


「ここから一歩でも踏み出せばもう牢の中だ。君たち、覚悟は良いか?」


「覚悟は良いけど準備はまだだね」


 僕はそう言って従魔空間テイムド・ハウスを開き、バフをばら撒いていく。


「まぁ、取り合えず俺が前衛を張りますよ。耐久力には自信あるんでね」


 吸血鬼のベレットが自ら前に出た。


「よぉよぉ、ここが冥界……っつーか奈落か。マジで楽しみだったぜェ? 勿論、オレも前衛だァ。後ろでジッとしとくなんてオレには無理だからなァ」


「グォ」


 虚空から現れ出たエクスとロアがベレットに続き、前に出る。


『拙も剣士故、後ろに居て出来ることは無し』


『……左に同じ』


 ススとイシャシャが並んで歩む。


「みんな、やる気があるのは良いことだけど、命大事にね。これだけ数が居るんだ。危険になったら一度引いて仲間に任せるって選択肢があることも忘れずに」


「クキャキャ、勿論だぜご主人。どいつもこいつも頼り甲斐がありそうで嬉しいねェ?」


 僕の背後から現れるネロ。


「空間魔術は割と全体のカバーもしやすいから、常に攻撃に回るっていうよりはそういう立ち回りでお願いね」


「クキャキャ、任せとけ。そういうのは得意だぜ」


「あと、メトとシルワもね。二人とも結構広い範囲に影響を及ぼせるから、仲間を助けるために力を使うことも意識してね」


 僕の横にピタリとついているメトと、奈落の地面を不思議そうに突いているシルワに声をかけた。


「了解しました」


「うんっ、分かったよ!」


 さて、バフもかけ終わったしこんなところで良いだろう。


「僕はいつでも行けるよ、イヴォル」


「ふむ、他の者も問題無いか?」


 イヴォルが全体に声をかける。


「……無いようだな。ならば、行こう」


 イヴォルが何もない暗黒に向かって、一歩踏み出した。


「消えた? いや、行かないとね」


 イヴォルの姿が忽然と消えた。が、戸惑っている暇などある訳がない。


「はい、行きましょう!」


 エクスなんかは既に飛び出している。エトナの言葉に従って僕も無明の闇の中に飛び込んだ。


 ♢


 そこは、変わらぬ暗黒の中だった。しかし、決定的に空気が違った。


「……居るね」


 そして、居た。この闇の牢の主は、堂々とそこに鎮座していた。



「――――珍しいな」



 それはゆっくりと余裕をもって口を開いた。


「だが、喜ばしいことだ」


 山羊の胴体。


「奈落であっても、この体は死とは無縁」


 蛇の尻尾。


「しかし、困ったことに腹は減るものだ」


 獅子の頭。


「我も……」


 融合せしそれらはキメラ、またはキマイラと呼ばれる怪物。


「我が妹、シメールも」


 しかし、その怪物は普通ではない。


「だから、どうだ」


 キマイラの体、その山羊の胴体から、人の上半身が伸びている。


「ここで我と少し話して……」


 一言で表すなら、キマイラと人の融合体。


「それから、食われるというのは」


「ッ」


 もっと分かりやすく言えば、ケンタウロスの下半身がキマイラになっているようなものだ。


「……むぅ、返事が無いな」


 だが、その体は普通のキマイラと比べても余りにも巨大。二回り以上大きいだろう。


「ならば、しょうがない。話はせずに、さっさと喰らってやろう」


「まぁまぁ、待ってよ。僕らを食べずに和解するって手は無いのかな? 一応、僕は大量の食糧を持ってるけど、それで何とかならない?」


 僕が言うと、巨大なキマイラの胴体から伸びる巨人は首を傾げた。


「狩りをせずに得る食料に何の価値がある? 他者からの施しなど受けない」


「……どうやら、僕らとは基本的な価値観が違うらしいね」


 僕は溜息を吐き、取り合えず解析スキャンを使用した。

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