崩れ落ち、狂い堕ち。

 血を噴き出して倒れたグノームの王。息は無く、命は絶えていた。


「よし……じゃあ、アンデッド化してさっさと黒骸骨くんのテイムに入らないとね」


 僕が死霊術を唱えようとした瞬間、下の方から何かゴゴゴゴと低い音が轟き、足元が揺れ始めた。


「ん、なんか揺れてない? ていうか、変な音してない?」


「してますね。そして、揺れてますね」


 うん、だよね。


「それと……落ちますね」


「え?」


 声を上げた瞬間、地面が罅割れ、僕らは真っ逆さまに下に落ちていく。


「ミュウ!」


「ピキィ!」


 ミュウクッションを展開し、無事に落下した僕たち。だが、次の瞬間には大量の土石が降り落ちてくる。


「クフフ……エトナさん、落ちると分かっていたなら先に言えばどうでしょうか?」


 ネルクスが影から現れ、僕らを暗黒のバリアで覆い隠した。


「いやいや、分かった瞬間に言ったんですよ?」


 本当かなぁ。それと……って、明らかに溜めてから言ったように見えたんだけど。


「にしても、どうする? 完全に埋まっちゃったけど」


「私が対処します」


 メトは暗黒のドームの中で手を上に向けると、僕らの頭上がどんどんと開けていき、一直線の縦穴になった。


「それでは……上へ参ります」


「エレベーターガールかな?」


 わざと言ったのかな、とメトの顔色を窺うとほんのり赤くなっていたので冗談だったのだろう。


「お、凄いね。本当にエレベーターみたいだ」


「なんか、変な浮遊感がありますね」


 僕らの足元の地面が石に変じ、僕らを持ち上げながら上へ上へと上がっていく。


「さて、一階だね」


 地上に辿り着くと、そこはひどい惨状になっていた。


「これは……ひどいね」


 どうやら、僕らのいた地面だけじゃなく洞窟全体が崩れてしまったようで、キエカの山の山頂付近は歪に崩れてしまっていた。


「だけど、なんで急に崩れたんだろうね」


 流石に運悪くそのタイミングで自然に崩れたということはないだろう。というか、あの骸骨剣士君とイシャシャは大丈夫だろうか。体が霧のイシャシャは無事かもしれないが、黒骸骨君は心配だ。


「あ、そういえばグノームの王様がなんか言ってたような……」


 アレを使うしかとかなんとか、策でもあるような素振りだったが……ッ!


「ネクロさん、これ……これ……本当にやばいです」


 地響き。足元が揺れる。


「やばいって、何が? もう既にそこそこやばい体験を終えた後だけど?」


 エトナは僕の言葉を無視して首を振った。


「これ……そういうことですか。地下で、結界の中で……隠されてたんですね。それが、支配者を失って……暴走した……」


 いつになく真面目な表情で考え込むエトナ。


「……ネクロさん、赤竜さんレベルでやばいのが地下に居ます。しかもそれ、地上に近づいて来てます」


 ディアンレベルでやばい……?


「それって、今のディアン? それとも、最初にあった時のディアン?」


「多分、流石に今のディアンさん程は無いと思います。でも……最初のディアンさんより強そうです」


 なるほどね。それは確かに厄介だ。


「全く、びっくりしたよ」


「……なんでそんな安心した顔してるんですか?」


 その問いに僕は笑った。


「だって、今のディアン程強くないってことは……ディアンを呼べば勝てるってことでしょ?」


 僕の言葉と同時に、背後に開いた転移門から人間形態のディアンが面倒臭そうな顔でやってきた。


「……我は、寝ておったのだぞ」


「そっか。でも、それどころじゃないんだよね」


 僕が口にした瞬間、また大地が轟き、周囲の地面に幾つもの亀裂が生まれた。


「……あぁ、なるほどな」


 無数の亀裂から、黒紫色の何かが……無数の巨大な蛇の頭が現れた。



「――――ヒュドラか」



 ディアンが目を細めて言った。


「ヒュドラ? ヒュドラってあの、首が一杯あって毒があるやつ?」


 確かに現在進行形で首は沢山あるし、なんか見た目も毒がありそうだね。


「そうだ。だが、このヒュドラ……普通ではないな」


「普通じゃない?」


 僕はこちらを見る十以上の頭の一つに解析スキャンをかけた。


「……狂い堕ちる多頭蛇竜インセイン・ヒュドラ


 想像の通り、ユニークモンスターだ。


「まぁ確かに普通はヒュドラって首が九つだよね」


 この世界のヒュドラがそうかは知らないけど、元の神話ではそうだったはずだ。


「何にしろ……暢気に話してられるのはここまでみたいだね」


 次々に生えてくる巨大な蛇の首。もう軽く二十は超えているように見えるが、それぞれが恐ろしい膂力と猛毒を持っている。特に恐ろしいのはその毒で、その毒液には多種多様な猛毒劇毒が混ざっているらしい。つまり、単なるダメージの毒に鉄も溶かす酸、体が一ミリも動かないほど痺れる麻痺毒に呪いの毒。僕の考えた最強の毒液状態になっているのでただの毒耐性を持っていても意味がないということだ。


「囲まれてますね……」


「どうしますか、マスター?」


 一つ一つがロアくらいの大きさがある大量の頭は見渡す限りこちらを向いている。


「取り合えず、ディアンは竜に戻って……ん?」


 背後、ヒュドラが劈くような悲鳴の声を上げた。



『――――我らの墓はここに非ず』



 黒い炭のような骸骨が、毒竜の頭を一太刀で斬り落とした。



『――――我ら、生ける屍』



 黒い霧が、布が、剣が、宙を舞う。毒竜の首が八つ裂きにされる。



『『――――故に、入る墓は選ばせてもらう』』



 雷光が瞬いた。灯火のように儚い紅い線が走った。そして、竜の首が落ちた。


「良かった、生きてたんだね」


『其方こそ、な。支配から解かれたというのに恩を返せぬかと焦ったぞ』


 生ける屍が、地中から這い戻ってきた。

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