ぴっとふぉーるだうん

 深い穴の奥底、僕はミュウの綺麗な透き通った緑色の中から無傷で這い出た。


「みんな、無事かな?」


「問題ありません」


「私はもちろん無事ですよ? ネクロさんの方こそ大丈夫ですか?」


 僕はひらひらと手を振って答える。


「この通り無傷だよ。ミュウのお陰でね」


 僕はミュウに感謝を囁き、従魔空間テイムドハウスの中に帰ってもらった。


「さて……つまり、そういうことみたいだね」


 穴の底に落ちた僕たちの目の前には堆く積みあがった骨の山があり、その上には黒い骸骨が座っていた。その黒い骨の体は今まで見てきたリッチのような艶のある黒ではなく、焼き焦げたような、炭化したような黒だった。


「やぁ、こんにちは。早速だけど、君は僕の敵かな?」


『敵意は、無い。だが……敵では、ある』


 カタリ、静かな音と共に黒い骸骨は立ち上がり、骨の山に埋まっていた刀を引き上げた。


「敵意が無いなら仲良くできると思うんだけど、そこのところどうかな?」


『其方を襲うのは拙の意思ではない。この身を支配する邪精の王の意思だ。そして拙は、それに逆らうすべを持たない。故に……拙は、其方達の敵となるだろう』


 支配、か。良かった。アンデッドだから仲間にするのは難しいかと思ったけど、なんとかなりそうだ。


「じゃあ、僕がその支配から解き放ったらさ……僕の仲間になってくれるかな? 僕、魔物使いなんだけどさ」


『……そこに自由があるならば。拙の信じる正義にのみ力を貸すことが許されるのであれば』


 僕は微笑んだ。


「自由、正義。奇遇だね、どっちも僕の大好きな言葉だよ」


『ならば、是非もなし……だが、この身を抑えることは、もう適わず』


「最後に聞きたいんだけど、この山に潜んでると噂の怪物って君のことかな?」


『……その認識は無いが』


 そろそろ襲い掛かってくるらしい。だったら、誰に相手をさせようか。


「イシャシャ」


『……強者の、匂い。約束は忘れていないようで、何よりだ……主よ』


 黒い布を纏う黒い霧の体、鈍い銀色の剣。現れるは亡霊の剣士、イシャシャ。


『其方が、拙の相手か……神代流、名乗る名は捨てた。いざ、尋常に』


『尋常は求めない。緋蔭流、イシャシャ……推して、参る』


 始まった剣士の戦いを尻目に僕らはメトの能力で壁に穴を開け、エトナの言う気配の多い方へと進みだした。




 ♢




 メトの作る穴を歩いていくと、割とすぐに空洞にぶち当たった。


「さて、なんか一杯いるけど……ゴブリンより賢いらしい君たちなら分かるよね? 君らじゃ、僕たちには勝てない。無駄死にだよ」


「ム、ムォ……」


 突然壁から穴を開けて出てきた僕たちに驚いているグノーム。僕は力を誇示するように死霊術でワイトとデュラハンを三体ずつ召喚した。彼らは一体ずつでも強化前のギンキィなら良い勝負ができるくらいには強い。


「ム、ムムゥ……ム」


 僕の狙い通り、ビビったように下がっていく。が、彼らは同時にピタリと動きを停止し、その目から光が消えた。


「ネクロさん、動きが妙です。来るかもしれません」


「んー、そっか」


 だったら、しょうがない。


「ミュウ」


 再び、ミュウが現れる。


「食べちゃっていいよ。遠慮なしで」


「ピキィ!」


 うれしそうな声を上げるミュウ。その姿が一瞬で膨れ上がっていく。圧縮していた体を解放したらしい。


「じゃあ、よろしくね」


 最初よりも少し色が薄くなったが巨大化したミュウは、次々に生気のない様子で襲い来るグノームを呑み込んでいった。


「さて、地上組も巣の入り口を見つけたみたいだし……時間の問題だね」


 一応、二正面作戦だ。だが、そもそもの戦力差がかなりありそうなので意味があるかは不明だ。


「エトナ、どっちがボス部屋っぽいかな?」


「多分、あっちに真っ直ぐです」


 エトナは壁を指差した。じゃあ、掘ろうか。僕はメトを見た。


「……せめて何か言ってください、マスター」


 無言の僕の圧に負けて、メトは壁に穴を開け始めた。




 数分後、僕らはいとも容易くボス部屋へと辿り着いた。そこには玉座に座るグノームの王が居た。


「グムゥッ!?」


「やぁ、殺しに来たよ。あ、それか、君が支配してる黒い骸骨の支配を解いてくれるならそれでもいいよ」


 土器や石、金属を使って無駄に内装を整えている王の部屋へ壁からダイレクト入室した僕は気さくに話しかけた。


「グムゥ……貴様、良くも我が高貴なる部屋を汚したな」


「あ、君は喋れるんだね」


 意外と流暢に話すグノームの王。その容姿はグノームを大きくして人型に近づけたみたいな感じだ。毛むくじゃらで顔が見えない茶色いビッグフットと言えばわかりやすいだろうか。まぁ、ビッグフットよりは丸っこいかな。


「にしても、随分余裕そうだけど……僕たちに勝てるつもりなのかな?」


「グムム、当たり前だ。来い、そして始末しろ」


 嗤い、片手をあげたグノームの王。瞬間、家具や土器、壁の中、玉座の裏、あらゆる場所から赤い毛が混じったグノームが飛び出し、その鋭い爪を振り上げて同時に襲い掛かってきた。


「……グ、ググ……グムゥ?」


 飛び掛かる無数のグノーム達。しかし、彼らは空中で爪を振り上げた状態のまま全員八つ裂きになった。


「どうですか、ネクロさん。血が一滴もかからないように殺しましたよっ!」


「うん、偉いね。でも、ここに来るまでに十分土で汚れてるからあんまり関係ないかな」


 エトナが見せた絶技。今の僕なら僅かに捉えられた。闇魔術の影身シャドウアバターを使って二人に分身しつつ、前後に分かれて全てのグノームを空中で切り裂いたのだろう。


「ば、馬鹿な……あの方が用意してくださった戦闘特化型達が……い、一瞬で……グ、グモモ……グ」


 ショックで気絶したグノームの王。あの方とか、意味深なワード出すのやめてくれるかな。こっちは今、メインストーリー進行中なんだ。


「ねぇ、どうする?」


「グムゥッ!?」


 グノームの王を揺り起こし、エトナにナイフを突きつけてもらう。


「僕の仲間になる? テイムしてあげるよ」


「グ、グムム……こうなれば、アレを使うしか」


 何かをしようとする王に、エトナのナイフが近づく。僅かに血が漏れ、表情が蒼く染まった。


「僕の仲間になるか、死んでアンデッドになるか。どっちがいい?」


「ア、アンデッドッ!? まさか、貴様はあの方のお仲間の……」


 僕も短剣を取り出し、首筋を掻き切った。悪いけど、それ以上意味深なことを喋られると困るんだ。もうこれ以上イベントを発生させたくないんだ。いや、本当に。

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