質問は既に……

 ホトンは呆気にとられたような表情で固まった。


「……敵? 俺がか?」


「はい。ずっと、私たちのこと観察してましたよね?」


 ホトンの目の色が僅かに変わった。


「……まぁ、それは否定しない。だが、それがなんだ? 別に自分より強い相手を観察するのはおかしなことじゃないだろう」


「でも、私たちしか観察してませんでしたよね? 普通、こんな状況だったら味方の私たちよりも敵を観察しますよね? っていうか、するはずです。B級まで上り詰めた冒険者だったら自分の命を狙う敵の弱点を一つでも多く見つけるために敵を観察しますよね? それなのに、私たちしか見てないなんて、おかしいですよね?」


 ホトンは一瞬、言葉に詰るる。


「いや、それは……アンタらなら問題ないだろうと、信頼してたからだ」


「変なこと言うんですね? なんで初めて見る敵の力量と私たちの力量を比べて私たちの方が強いって判断できるんですか? そもそも、比べるってこと自体出来ないと思うんですけど」


「いや……そこは、油断していたとしか言えないな。竜人を相手にあれだけの余裕を見せていたアンタ達がそんじょそこらの魔物に負けるわけないだろうと思ってな」


「竜人の試練に選ばれるような魔物が、そんじょそこらと言えるとは思えませんけど? そもそも、B級の冒険者がそんな油断をするってのも変ですけどね」


 そういえば、ベルクレルクの試練の相手だったね。今考えてみれば、とても彼一人で勝てるような相手とは思えない。


「……そういえば、貴方はサーディアを拠点にしてる冒険者ですか?」


「……いや、違うが」


 暫く考えてから言ったホトン。


「じゃあ、どこですか?」


「…………ファスティア、だ」


 捻り出された答え。その様は最早、質問というよりも詰問だ。


「へぇ……おかしいですね」


 だが、その答えは外れだったらしい。


「ファスティアを主な拠点にしてる人が、しかもB級まで等級を上げてるような筋金入りの冒険者が、私のことを知らないんですね?」


「ッ!」


 確かにそうだ。ファスティアの冒険者なら、殆どエトナを知らない者は居ないだろう。B級ならばなおさらだ。


「あと、ついでに言うなら私は貴方を見たことも聞いたこともありません。B級なら名前くらい聞いたことあってもおかしくないと思うんですけど……」


「それは……偶然、だ」


 苦しい言い訳をするホトン。


「そもそも、おかしいんですよ。ゴブリンだけであんなに怯えて縮こまりますか? 初めて見る正体不明の怪物相手には油断する貴方が? 矛盾してませんか?」


「そ、れは……」


 また言葉に詰まるホトン。しかし、エトナの目はもはやホトンに向いていない。


「というわけで……メトさんっ、この人何回嘘ついてました?」


 冷たい目でホトンを睨むメトへ、バトンが渡された。


「四回です。信頼していたからという嘘。油断していたという嘘。ファスティアが拠点という嘘。偶然だという嘘。四回です。彼は、四回噓を吐きました」


「ッ!」


 言葉も出ない様子のホトン。もう、詰みは近い。


「こんな風にメトさんは嘘が分かるんですけど……最初と同じ質問をします。ホトンさん」


 ホトンの表情が蒼褪めていく。



「――――敵ですよね?」



 言葉は、出ない。当然だろう。この質問に答えればホトンは終わりだ。そして、答えなくても終わりだ。これに答えられないということは、イコール敵だからだ。


「なんでそこまで責められる必要があるのか分からないな、俺は……」


「良いから、答えてよ。君に出来ることはもう誤魔化しだけなのはこの場の全員が気付いてる。つまり、誤魔化しも無駄だよ。イエスか、ノーか。剣を振るうか、尻尾を巻くか。好きなのを選びなよ」


 ホトンは再び沈黙し、衣嚢に手を突っ込んだ。


「なら、尻尾を巻かせてもらおうか」


 瞬間、黒い煙が場に満ちる。体に害は無さそうだ。煙幕だろう。


「うわっ、これ、ただの煙じゃなくて察知を弾く煙みたいですね」


「へぇ、面倒だね」


 とはいえ、この空洞の出口は一つだ。既にそこはメトやロアが塞いでいる。そこを突破されない限りはホトンは逃げられないはずだ。


「ただ、転移が使える場合は別だね」


 流石にテレポートされれば僕らも捕らえられない。


「我が主よ。捕らえました」


「馬鹿なッ、転移は確実に発動できたはずだろう……ッ!」


 ……と、思っていたのだが、ネルクスにかかれば転移すら無力らしい。


「面妖なッ! だが、縄抜けは俺たちの得意分野だ」


「おぉ、その動き。やはり、忍は違いますねぇ?」


 ネルクスの漆黒の鎖からなんと抜け出したホトン。


「……何だと? お前、なぜ知っている?」


「クフフ、そちらの樹から。魂から直接聞かせていただきました」


 ホトンはネルクスを強く睨みつける。


「まさか、お前……悪魔か。道理で妙だと思ったぞ」


「クフフフ、バレてしまってはしょうがないですねぇ? そういう貴方は月導衆の上忍らしいですねぇ。依頼主は帝国ですか。大変ですねぇ?」


「ッ! 黙れ、悪魔……生きて返したくは無いが、戦えば負けるのは俺だろうな。ならば、しょうがない」


 ホトンはため息を吐き、未だに何が起こっているか分かっていない様子の竜人に目を向けた。


「……道中で駒を作れたのは幸運だったな。行け」


 ホトンの言葉で竜人の体が硬直し、目から光が失われていく。


「洗脳か、催眠か……分からないけど、随分悪趣味だね」


 だけど、彼が僕らを襲ったのはこいつのせいだったのか。ノリじゃなくて良かったよ。


「命令だ。こいつらの相手をしろ。死んでもいいぞ」


「……」


 無言だが、その命令に従っているらしい竜人のベルクレルク。光の消えた瞳で僕らを視界に捉え、僕らに迫ってくる。


「……竜気、解放」


 瞬間、解き放たれる竜の力。飛び上がり、翼をはためかせる竜人。


「……ぁ」


 しかし、竜の力は直ぐに消え失せてしまい、翼も体の中へと戻り、竜人は地に落ちてしまう。


「今日……力、使い過ぎて……もう無理……」


 静寂が、空洞に満ちた。

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