炎と樹と精霊と

 辿り着いた人狼は、殺到する根や枝をその身から溢れる炎で焼き尽くしながら拳を掲げた。


「さて、神狼拳ジンロウケンを使うわけにはいかねえからなァ……」


 エクスは暫く考え込んだ後、ポンと手を叩いた。すると身を覆う氷が消え失せ、身を包む炎が掻き消える。


「まァ、死なねえように死ぬまで殴り続けりゃいいか」


 脳筋極まりない答えに辿り着いたエクスは、ドントと自分の胸を叩いた。


氷叛武装アイス・アーマメント


 氷風が吹き荒れ、薄っすらと人狼の体に咒の氷が纏わりついた。


炎逆魔変ファイア・レンジタクス


 エクスの背中と両手両足が燃え盛り、黄金の瞳に赤い罅割れた線が入った。


「さて、今度は廉価版じゃねェ。本物の神呪の炎に咒の氷だぜ?」


「ァゥ、ァゥァ……」


 意気込む人狼。しかし、その相手は熱気と冷気によって気圧され、後ろにじりじりと下がってしまっている。再度覆われ始めたその木皮も焦げつき、凍てついている。


「タ、スケ……ク、ァアゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」


「ッ!」


 その熱気と冷気で再び剥がれかけた木皮の内側から少年の顔が覗く。が、その瞬間に既に生えていた無数の根や枝の表面が破れ、内側から新たな枝や根が生え出てくる。

 しかし、その根や枝は元の物と同じではなく、色や形が全く違っている。


「あれは……何ですかね?」


「元のとは別種の……というか、先程までの能力で生み出しただけの名前もない木ではなく、この世界に元から存在する木の根や枝を生み出したようです。恐らく、生やせる木の種類を指定できるようになったのかと」


 なんだかメトの能力と似てるね。厄介だ。


「そして恐らく、あれは温度の変化に強い種……ベラルカの亜樹だと思われます。エクスさんの能力に対抗したのでしょう」


 僕は聞いたことがないけど、流石の知識量だね。


「だけど、そう考えるとそこまで大きな脅威じゃないね」


「そうでしょうか?」


 僕は頷いた。


「だって、メトは色んなことを知ってるからその状況に応じた色んな石を臨機応変に生み出せる。だけど、あの樹人がメトと同じだけの知識を持ってるとは思えない……つまり、メトほど能力を使いこなせるとは思えないんだよね」


「そう……ですか」


 遠回しに褒められて若干照れているらしいメト。それを弄ろうとしたエトナを化け物の嗤い声が遮った。


「ク、クケ……クケケ……感謝、スル、ゾ?」


 言葉を発したのは樹人だ。片目だけが見える状態で、樹人は言った。


「貴様、ラガ……中途半端ニ精霊ヲ目覚メサセタオカゲデ……ドンドン、我ガアツカエルチカラガ、増シテイクゾ……精霊ノ力ガ、ナ……」


 なるほどね。精霊と今喋っている人格……『樹』は完全に別物らしい。それ故に、僕らが不用意に刺激して精霊が表に出そうになる度にこの樹は精霊の力を扱えるようになっていくということだろう。


「ッ! ネクロさん、不味いですよ。これじゃ、幾ら攻撃しても相手が強くなっていくだけですっ!」


「……どうだろうね」


 このまま戦っていけば、きっと樹は完全に精霊の力を扱えるようになるだろう。しかし、だ。


「もしそうなら、態々僕らに言う必要は無いよね。つまり、伝えることで樹の……今喋ってる樹人の強化を警戒させる必要があった訳だ」


 だったら、樹の狙いは何なのか。


「恐らく、奴が回避したいのはこの現状が続くこと……つまり、このままどんどん木の皮を剥がされていき……完全に精霊と主導権が逆転することだ。一番安直に考えた場合だけどね」


「なるほど……でも、単に勝ち誇ってるだけかもしれませんよ?」


 エトナの問いに僕は笑った。


「あはは、まぁ、それならそれでいいよ。結局のところ、あの樹が強くなれるのは精霊のすべての力を吸収しきるまでだ。無限の成長性があるわけじゃないんだよね。だったら、どうせ……僕らが負けることは無いね」


 そもそも、だ。そもそも、僕らは今舐めプをしてるんだ。死なないように、手加減をして戦ってるんだ。向こうが強くなるなら、その分込める力を強くすればいいだけの話で、何の問題も生じない。


「というわけで、さ……遠慮なく、今まで通りに、よろしくね」


「わかりましたっ!」


 目にも留まらぬ速さで駆け抜けていくエトナ。


「では、遠慮なく」


 周囲の地面を変質させ、操作し、相手の根や枝に対抗するメト。


「グッ、貴様ラ……ッ! 愚か者ドモメガッ! 我ガ強化サレルダケダゾッ!」


「ぎゃおっ!」


 返答代わりに放たれたマグナのブレスが樹人の根や枝を焼いていく。エクスの炎も余裕で根を燃やしている。恐らく、彼が知る耐熱性のある植物程度ではエクスやマグナの火は防げなかったのだろう。さっきよりは燃えづらいが、それだけだ。


「コノ炎ハ……ッ! イヤ、コノ炎モッ! マズイッ、ヤメロッ!」


 黄金の活力をエネルギーにしつつ、相手を浸蝕し、吞み込んでいくマグナの炎。圧倒的な熱、火力、単純にして超強力なそれのみで相手を焼き尽くすエクスの炎。

 どちらも容易に耐えられるような代物ではなく、樹は悲鳴をあげた。また、木の皮が焼け落ち、剥がれていく。炎ごと木を脱ぎ捨てて少年の姿が現れる。


「タ、スけ……て……」


 その言葉だけを残してまた少年は木に吞まれていく。しかし、全てを覆い切れてはいない。片目だけが見えていたさっきよりも露出する部分は広くなっている。


「グッ、ヤメッ、タスケ……イ、イヤ、新タナ力ダ……ッ!」


 奇しくも精霊と同じ言葉を口走りそうになった樹だが、踏みとどまって新たな力とやらを使うことにしたらしい。


「生マレロ、我ガ眷属ドモヨッ!!」


 樹人の周囲から生み出されたのは、幾つもの立派な木。それは樹人の号令に従って動き出した。

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