溶け交じりしもの

 数分後、空洞中から伸びる根は全て駆逐された。残されたのは剥き出しの樹人だけだった。


『ァ、アゥ……』


 子供のような体格の樹人。樹で作られたその体から、ベリベリと体表の木が剥がれていく。


「ぅ、ァ……」


 頭からどんどんと剝がれ落ちてていく木片。木で覆われていた中から現れたのは、薄萌葱うすもえぎの短い髪、白緑びゃくろくの肌、若竹色わかたけいろの瞳。そのまま木皮は捲れていき、その白緑の上半身だけが剝き出しになった。


「ぁ、ゥうぅ……ァアアァァァァアアアァッ!!」


 しかし、そこで異変は終わり、下半身だけを木皮が覆ったまま、少年のような見た目の樹人は恐ろしい叫び声をあげた。それはさっきまでのくぐもったものではないが、毛が逆立つような不快なものであることには変わりない。


「ねぇ、ネルクス……これ、何かな? 種族名にあった精霊溶けしってのが関係してるんじゃないかなって思うんだけど」


「精霊……どちらかと言えば、邪精霊ですねぇ。まるで、魔物と精霊が混ざり合ったような……しかしこれは、人為的な気配を感じますねぇ。自然に精霊がこうなったとも思えませんし、純粋な邪精霊にも見えませんからねぇ」


 ひゅいっと僕の影から出てきたネルクスが言う。


「ふぅん……まぁ、精霊が混じってるんなら悪くないね。精霊もテイムしてみたかったんだけど、普通にやるんじゃ色々難しそうだったからね」


 僕はにやりと笑い、樹人に視線を向ける。


「ねぇ、君。僕の仲間になる気はないかな?」


「ァ、ァぁ、ァぅ、ァアアアアァァァアアッ!!」


 どうやら、言葉が通じている様子もない。幾ら誰とでも意思の疎通が可能な僕とは言え、最初から耳を塞いでいたり、聞く気がなかったり、理性を失っている相手とは話せない。


「しょうがないね。やっぱり一度落ち着かせる必要があるらしい」


 だけど、僕はそこまで難しいことであるとは思っていなかった。


「じゃ、殺さない程度によろしくね、


 何故なら、さっきの攻勢にはエトナもメトも加わっていなかったからだ。その気になればネルクスも動員できる。


「はいっ、ネクロさん! 殺さない程度に斬ればいいですよねっ!」


「了解しました、マスター。殺さない程度に殴ります」


 再び樹人にとびかかっていく仲間たち。しかし、樹人の体から猛烈な勢いで四方八方に伸びた棘々とした枝を見て留まった。


「ッ、危ないね……」


 その枝はこの空洞中を覆いつくすように生え伸びていく。当然、僕もその射程内に居たので貫かれかけたが、目の前に現れた暗黒の壁がそれを防いだ。ネルクスだ。


「良かった、そっちも無事みたいだね」


 冒険者のホトンと竜人のベルクレルクも凌げたようだった。


「まぁ、このくらいやれないとB級にはなれないからな」


「我も竜人であるからな。この程度の攻撃を食らうほど柔でない」


 そうだね。この二人はきっと、単体では僕より強いだろうし大丈夫だね。それよりも、この枝の対処だ。


「ちょっと邪魔だけど枝の隙間を抜けていけば……おっと」


 攻撃的にこの空間を埋め尽くしたこの枝達。これだけならそう問題にはならないと思っていたが、僕の甘い考えを否定するように樹人の体から今度は無数の根が伸びた。枝のような固さはないが、根は伸縮自在で、何より強靭だ。


「ん、これはさっきよりも面倒そうだね」


 さっきまでは飽くまでも決まった数の根を全て駆除するだけだったが……今回は、自分の体から好き勝手に生やしているのだ。根を生やせる数に限りが無い場合、かなりの持久戦になるかもしれない。


「ァ、ァア、ァアアァァッ! ァアアアァアアアァァッ!」


 四方八方に生え伸び、乱舞する無数の根。それ自体に大した攻撃力は無いが、一度弾き飛ばされてしまえば空間を埋め尽くす固く鋭い棘だらけの枝に穴だらけにされてしまうことだろう。


「クキャキャッ、随分守備的だなぁ? だが、そんなんじゃ……」


 枝の上に余裕綽々で立つネロが、この空洞の入り口を見た。



「――――よぉ」



 そこから現れたのは、一体の人狼だった。


「随分と燃やし甲斐のある奴が居るじゃねェか」


 赤い鉤爪、黄金の瞳、青が混ざる白の毛並み。


「丁度良いぜ、地獄に落ちる前のウォーミングアップだ」


 人狼の体が、燃え上がった。


「エクス、殺さないようによろしくね」


「ハッ、任せとけッ!」


 胸をたたいたエクス。その様子を見ていた樹人が警戒するようにこちらを睨みつけている。


「ァァアァアアァァァァァァッ!!」


「咆哮か? 俺も得意だぜ? ガァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 対抗するように咆哮を上げた炎の化身が、樹の化身へと突っ込んでいった。


「ァッ!? ァゥッ!?」


「オラオラオラァッ!! 燃やして、溶かしてッ! 灰になりやがれッ!」


 樹人への道を阻むはずだった棘の枝達。しかし、エクスはそんなもの知ったことかと突っ込んでいく。棘の枝達はエクスを傷つけ、穴だらけにするはずだったが、そうはならなかった。


「ハハハハッ、効かねェなァ!」


 一見炎に覆いつくされているように見えるエクスの体表は、毛の一本一本まであの凍獄のものよりも硬い氷で覆われている。


「真っ直ぐ行ってッ、ぶっ飛ばすッ!!」


「一応言っとくけど、エクス。殺さないようにね」


 僕が注意しておくと、一瞬だけエクスの動きが止まった。


「わ、分かってるぜッ! 任せとけよ、っと……さぁ、来てやったぜ? 木偶の坊」


 枝を突破し、根を燃やし尽くしたエクスは遂に樹人のもとまで辿り着いた。

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