雷鳴、静寂に消えて。

 二人を包み込んだ無数の魔術、虹の光。それらが過ぎ去った後に残っていたのは骨の賢者だけだった。


「自分の魔術とはいえ、私も中々ギリギリだったな……それに、惜しいな」


 ゆっくりと地面に降り立ったイヴォルに僕は歩み寄る。


「何が惜しいの?」


「殺してしまった。消滅させるか、封印するか。このどちらかでなければ奴らはまた蘇ってくるだけだ。どれだけ粉微塵にしようとな」


 あぁ、そういうことね。


「じゃあ、あの厄介そうな雷の人はまた僕らを襲いに来るって訳だね」


「残念ながら、そうなってしまうな」


 まぁ、しょうがないね。厄介とはいえ、対処のしようはあるだろう。


「……と、こっからが本番かな」


 ケトランティヌスとかいうのは倒せたが、アンデッド化した英雄やそもそも強いアンデッドが無数に控えている。前にいる雑魚を大量に削った今、そんな強者達が僕らに迫ってきていた。


「あぁ、ここまでで削れたのは約三割だ。向こうも様子見は終わりだろうな」


「様子見にウィクシーとかいうのを使ってくるんだね。そこそこ強いと思ったんだけど」


 イヴォルは首を振る。


「いや、確かに奴らは強いが……どうせ不死だ。切られようが燃やされようが関係なく蘇る。様子見には最適だろう」


「まぁ、そうかもね」


 さて。


「そろそろだね。燃やし尽くそうか」


「あぁ、纏めて消し飛ばしてやろう」


 イヴォルが魔術で殲滅していた前線分の距離がそろそろ埋まる。アンデッドの軍勢からも無数の魔術の気配を感じる。


「金糸」


 僕の体から無数に黄金の糸が伸び、一部は地面を溶かしながら潜っていく。一部はそのまま空中を舞って敵へ向かっていく。


「結構、魔力の消費が激しいんだ。だから、一瞬でね」


 奥へ奥へと伸びた金の糸達が、地面から生えて、空中で舞って、不死者(アンデッド)達に絡みついていく。振り払おうとするが、無駄だ。


「金焔」


 瞬間、黄金の糸から黄金の炎が噴き出した。一瞬にしてここら一帯の敵を蒸発させてしまった威力に思わず僕はほくそ笑む。


「ふむ。良い力だな。私も負けていられない」


 イヴォルが杖を大きく掲げる。すると、天空に超巨大な魔法陣が緻密に描かれていく。高すぎてよく分からないが、直径百メートルは優に有りそうだ。


「この規模はまぁ、中々久し振りな訳だが……ケトランティヌスが居ない今なら、妨害はされんだろう」


 そう語ったイヴォルの背中から炎の槍が飛来するが、イヴォルの虹のバリアに阻まれて消えた。


「詠唱は要らんな。鍵言だけで良い」


 唸る魔力の奔流がイヴォルから魔法陣から溢れる。


「『魔花怪開ナージームフローリーティオ』」


 闇の空に浮かぶ、紫色の魔法陣から紫色の花弁を持つ巨大な薔薇のような花が茨を伸ばしながら開花した。


「行け、魔の花よ。全てを呑み込んでしまえ」


 魔法陣から生えてきた超巨大な薔薇の花はどんどんと緑色の大きな茨を伸ばしていき、遂にその茨を地上まで届かせる。


「凄いね……流石は賢者だ」


「それは良かった。この魔術には少し自信がある」


 地上まで伸びた無数の茨はその巨大さを活かして次々と敵を絡め取っていく。茨の生えた棘が敵を茨に括り付けるのだ。


「それにしても……中々恐ろしい魔術だね、これは」


「それは良かった。実を言えば、この魔術は自分で作ったのだ」


 そんなこと出来るんだ。いや、僕の驚きよりもこの花だ。天空に咲いた巨大な紫の薔薇はその茨で次々と敵を絡め取っては、魔力を吸収して自分の糧としている。当然、その餌となったアンデッド達は砕かれて骨粉になるか、潰されてミンチになっている。


「ねぇ、これだけで勝てるんじゃ……」


「いや、それは無理だな」


 思わず出た僕の言葉を否定し、イヴォルは指差した。


「ォォ、ォォォ……」


「カタ、カタカタッ!」


 その先に居たのは英雄の骸ヒロイック・スケルトンや、エルダーリッチなどの上位種であった。彼らは持ち前の身体能力や魔術などの技能で茨を避けるか、破壊している。


「流石に、上位種までは無理ってことだね」


「じゃあ、そういうのは私の獲物ってことですねっ!」


 いつから話を聞いていたのか、僕の後ろから駆け出していくエトナ。片腕がまるでギロチンのような大きな黒い刃に変化する。


「うわ、速いなぁ……そういえば、ウィクシーとかいうのはもう居ないの? あの二人だけ?」


 エトナが凄まじい速度で駆けていくのを見ながら、イヴォルに尋ねる。


「いや、ウィクシーとは又の名を十七死天。つまり、十七体は居る訳だ。その内の三体は既に封印している。石の娘が捕らえたあの赤色のも込みでな」


「じゃあ、ケトランティヌスを含めてあと十四体は生きてるんだね……結構面倒だなぁ」


 とはいえ、個体差はありそうだ。あの赤いのと雷のが同じ強さだとはとても思えないし。


「それに、冥王の手勢は十七死天だけではない。ここに送られてきている英雄の骸ヒロイック・スケルトンは殆どが下級。強くても中級と言ったところだろう。あまり言い方は良くないが、生前で一つの村や町を救ったという程度な訳だ。それくらいならば、君たちの誰でも出来るだろう? その上、彼らは生前よりも弱体化している。はっきり言って、あのエトナやメトという娘達で勝てない道理はない訳だ」


「まぁ、そうかもね」


 恐らくだが、僕らの力は既にこの世界でも上位に食い込んでいるはずだ。帝国十傑にも救済執行官にも幾度となく勝利を収めているからだ。


「しかし、上級英雄達は違う。アレらは、本物の英雄だ。誰かからすれば英雄だとか、一地域での英雄ではない。皆が認める、正真正銘の元英雄だ。制御の効かない元英雄の一部は奈落へと送られているようだが、そうでないものは冥王の手勢と化してしまっている。今回に関しては、冥王が慎重過ぎる性格で助かったといったところか」


「ふーん……冥王って、そんなに慎重なの?」


 イヴォルは頷いた。


「あぁ。数が少ないとはいえ、見たところ一体も上級英雄は送ってきていない。奴は最高戦力の殆どを自分の居城の守りに回しているのだ。十七死天ウィクシーもたった二体しか送られてきていない。まぁ、大方私たちの実力を試すのが目的で奈落に行くのなら勝手に自滅していればいいとでも思っているのだろうがな」


 それは確かに、慎重だね。つまり、いくらでも変えが効く戦力か、失われることのない不死の戦力しか送ってきていない訳だ。重要戦力は全て自分の周りに……僕の場合、恐らく一番強いネルクスが常に護衛に付いてるけど、流石にエトナもメトも護衛にする気にはならないしね。


「冥王は、慎重……か」


 今後、重要になる情報かも知れない。何となく、僕は冥王と戦うことになる予感がしているからだ。

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