雷鳴の轟き、賢者の嘆き。
赤く滲んだ石板から僕は目を逸らし、不死者の呻き声が響く戦場を俯瞰した。
「ナイスだよ、メト。それ、戻ったりしないよね?」
「はい。素材は元の石のまま形だけを変えたので戻ることはありません。しかし、砕かれればそのまま解放されてしまいます」
だったらどうしようかな。地下にでも埋めとくべきかな? 奈落に放り込むのも良いかもしれないけど。
「む、勝ったか。良くやった……石の娘よ」
メトを数秒見てから、呼び名を決めたらしいイヴォルは賞賛した。
「しかし、そのままでは少し危ういな。私に任せるといい」
「良いけど、奈落に捨てるとかじゃダメなの?」
イヴォルは首を振る。
「ダメだ。今は封じられているが、暫くすればそれは肉体から離れて魂だけとなり、また別の死体に宿るだろう。故に、
イヴォルは石板に近付くと、手を当てて何かを唱え始めた。
「
石板は浮き上がり、虹で覆われていく。
「これで完了だ。三枚目だな。良いぞ。良い働きだ」
イヴォルは石板を足元に開いた虚空の渦に放り込んだ。
「さて、私もその働きに報いる必要があるな……
イヴォルの体が宙に浮かんでいき、その彼を中心に見えない無色の魔力で作られた陣が無数に展開されていく。見えずとも分かるのは、僕にも魔力を感じられる力があるからだ。
「今の私は……差し詰め、固定砲台だ。耐えてみろ、冥王の尖兵ども」
イヴォルが杖を両手で持ち、俯くと、無色の魔法陣もどき達の一部が色付き、一部では陣同士が交わり巨大化し、一瞬にして大量の文字が刻まれ完全な魔法陣と化した。
「私は
色とりどりの魔法陣がイヴォルを囲み、光が混じって虹色に輝いて見える。
「消えよ。消えよ。不浄の者ども、今ここで消えていけ」
大量の魔法陣から、大量の魔術が放たれる。それらは初級魔術と呼ばれるようなそれではなく、それぞれが強力な力を持つ魔術だ。一つは風のように流れ走り去る炎で地上を焼き尽くしていき、一つは自立して動く大量の光線で次々に不死者のを穴だらけにしていき、一つは大きな土塊の巨人で大地を踏むだけで軍勢を蹴散らしている。
「次だ」
魔法陣達が光の残滓を放つ間に、今度はさっき使われていなかった魔法陣達の一部が色付き、交わり、文字が流れる。当然また強力な魔術が無数に放たれ、不死者達を葬っていく。
「次だ」
そして、役目を終えた魔法陣達はそのまま消えず、また元の無色の魔法陣もどきとなる。それらは直ぐにイヴォルに魔力を流され、魔法陣となって魔術を放つ。
「次だ」
無色、発光、融合、発動、無色、発光、融合、発動……繰り返し。何度も何度も、同じ真っさらな無色の陣を使いまわして高速で魔術を回す。普通の者なら技術的にも魔力量的にも出来ない、正に魔術界の高みを僕は見た。
「これが、魔術士……ここまで、出来るのか」
彼の脳内を見てみたい……と思ったが、彼に脳は無かったね。どうやって考えてるんだろうか。やはり、魂か。
「────そこまでだ、虹の賢者」
突然、宙に浮かぶイヴォルの前に燻んだ黄色のローブを纏った男が現れた。
「
瞬間、ローブの男に殺到する魔術達。しかし、既にそこにローブの男の姿は無く、代わりにイヴォルの頭上から轟音が響き、雷が落ちる。
「ッ! お前は……ケトランティヌスか。裏切ったのだな、お前も」
「裏切ったなどと、心外だな。吾は今も昔も冥王様の忠実なる配下だ。それと、その名は捨てた。今の吾は
「裏切り者の配下も、また裏切り者だ。……疾く、消えよ」
「無駄だ、虹の賢者。そして、例えここで吾を粉微塵にしようと、それもまた無駄だ。分かっていることだろう」
イヴォルの周囲に現れては、稲妻を撒き散らしながら消えるローブの男。どうやら、この男は雷を操り、高速で動けるらしい。もしかすると、その速さは雷速かも知れない。
「黙れ」
「黙らん。吾はお前にも来て欲しいと思っているのだ。下らぬ妄執など捨てよ。もう、お前の女神は居ない。アレは、奈落の底だ。居ないも同じだろう」
「黙れ……ッ! 我が女神を愚弄しておきながら、仲間になどなる訳がなかろうがッ!」
怒りを露わにするイヴォル。しかし、その魔術に一片の狂いも無く、正確に魔術は男に殺到する。
「しかし、硬いな。その虹は。我が雷でも貫けぬとは」
「当たり前だ。貴様のような軽薄に貫ける訳が無いだろう」
「吾に一発も当てられずにおきながら、良く宣えたな。しかし、それもしょうがないだろう。お前が虹であるように、吾は雷の化身そのもの。捉えることなど叶わんのだ」
「そうか……」
イヴォルの周囲を雷のような速度で舞うローブの男。イヴォルはそれを確かめながら、静かに杖に力を込めた。
「────捉えた」
イヴォルと共に宙に浮かんでいた無数の無色の魔法陣達。それがいつの間にか、外側からイヴォルを囲むように並んでいた。
「ッ!? 貴様ッ!」
「遅い。もう、発動している」
魔法陣から放たれる色とりどりの光。魔法陣達は赤に青に黄色にと輝きを放ち、溶けていく。媒体でありながら魔力そのものであるそれは、溶けては混じり、色も魔力も一つとなっていく。
「馬鹿な……あれだけの量の魔術を放ちながら、この仕込みだと? そんなこと、出来るはずが無い……有り得ん……」
「馬鹿はお前だ、ケトランティヌス。それが出来るから、私は賢者なのだよ」
イヴォル達二人を取り囲むそれは、いつの間にか完全に交わり、虹色に輝いていた。
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