十七死天、赤き石板。

 憤怒の表情に満ちた赤ローブが僕に指先を向けた瞬間、虹の奔流が溢れた。



「────虹粒砲イーリスカノン



 赤いローブは遠くまで吹き飛び、虹の粒子は煌めきながら空気に溶けていく。


「すまない、遅くなった。処理を始めよう」


「今のそれ、虹色バリアを纏いながらでも撃てるの?」


 イヴォルの体には薄っすらと虹色のバリアが纏われている。彼の話では、それを纏いながら本気を出すことは出来なかったはずだ。


「出来るとも。当然、威力は落ちるがな。あれは例えるなら魔力が溢れないようにする蓋のようなものであって、蛇口を捻ればある程度の魔力は出力できる。そして、虹の魔術は飽くまで多属性を均等に纏めて放つというもので、必要な魔力量は関係ない。これを使うのに要るのは技術だけだ。それと、虹色バリアではなく虹纏衣イーリスケープだ」


「へぇ、なんか虹色バリアが壊れてから虹の魔力が噴き出してたから、そういうものかと思ってたよ」


「あれは私の中の膨大な魔力が解放されただけだ。虹色なのは、常に体内で魔力を均等に練り続けているからだ」


「常にって……それ、結構やばくない?」


 イヴォルは微笑み、偽りに人の皮に覆われた手を不死者の軍勢に向けた。


「さて、駄弁っている時間は無い。君も本気で頼む」


「あぁ……そうだね」


 僕の本気。その言葉で僕は切り札の一つを思い出し、インベントリから黄金に輝くそれを引っ張り出した。



「『────黄金と炎の神の加護ブレス・オブ・アムナルフ覚醒アウェイク』」



 瞬間、僕の体が黄金に燃え上がった。しかし、その炎は直ぐに僕の内側へと収まっていく。


「ほぅ、その神の力を使えるか……今度、ティグヌスへ行くといい。きっと、試練を受けられる」


「あぁ、その話ならもう知ってるよ。ただ、ちょっと退っ引きならない事情で聖国には行きづらくてね。行くとしても、こっそりだね」


 と、僕が嫌な思い出を思い出していたところ、赤いローブの男が高速でこちらに向かってくる。


「漸く動き出したようだな……古き、虹の賢者。だが、我ら十七死天ウィクシーの敵ではない」


「クカカッ、簡単に吹き飛ばされておいて良くそんな大口を叩けるな? 前に私が来た時も似たようなことを言っていたな。全く……簒奪者どもが、調子に乗るなよ」


 イヴォルの体が、体皮が溶けて消えていき、骨の体が露わになる。


「ならば止めてみよ。我ら十七死天ウィクシーッ! 不滅の魔人なりッ!」


「黙れ。疾く消えよ」


 イヴォルと赤いローブの男がお互いに指先を向けあう。赤いローブの男の指先に魔法陣が描かれるより早く、虹の奔流が放たれた。


虹粒砲イーリスカノン。しかし、これでは威力が足りないな。もっと消し飛ばす必要がある、が……ここで封印を解いていては後が持たないか」


 考え込むイヴォルの前を、メトが歩いていく。


「でしたら、私に任せて下さい。イヴォルさんは範囲殲滅が得意なようですが、私はどちらかと言えば一対一の方が得意です」


「しかし、大丈夫か? さっきは危なかったように見えるが」


 心配するイヴォルの言葉にメトは止まらず、吹き飛ばされていった赤いローブの男へと向かっていく。


「問題ありません。彼の思考パターンは殆ど解析出来ています。身体能力においても私の方が圧倒的に高性能です」


「……ふむ、分かった。ならば任せよう」


 イヴォルは頷くと、敵の密集している方へと視線を向けた。


「待て、虹の賢者ッ! 貴様の相手は私がべァッ!?」


「貴方の相手は私です。こっちを向いて下さい。疾風拳シップウケン


「ぐふァッ!?」


 顔面に続けて二発食らった赤ローブはよろめきながらメトを睨む。その瞬間、フードに覆われた顔が漸く見えた。肌は指先と同じでミイラのように乾ききっており、眼球は紫色に爛々と光っている。


「き、さまァ……ッ!」


破天ハテン


 指先を向けようとした瞬間、メトの拳が腹部に直撃し、凄まじい勢いで男は上空に打ち上げられる。


「大地よ、蠢き、貫け。顕捻晶けんねしょう


 大地が薄紫色の透明度の低い結晶に変じながら幾つもの巨大な触手のようになり、真っ暗闇の天空に浮かぶ男に殺到していく。


「……」


 上空でぐちゃぐちゃになっているであろう男を、無言で睨み続けるメト。メトが力を解除すると、結晶が割れて砕けて落ちていく。空中で元の石にそれらは戻っていく。


「お、これはやったかな?」


 それと同時に、上空からぼろぼろに崩れた肉片がボトボトと落ちてくる。その肉には萎びた老人のような肌が張り付いて見える。間違いなく、あの男はバラバラの肉片になった。


「……いえ」


 しかし、メトは地面に砕けた石と一緒に散らばったそれを睨み続けている。


「やはり、ですか」


 肉片達が、ぞわりと蠢いた。


「予想通りです。どこまでも」


 肉片と一緒に散らばっていた石が動き出し、蠢いて集合しようとするそれを、ぐちゃぐちゃに潰しながら長方形に固まっていく。


「……えぐいなぁ」


 肉片となっても集合し、復活しようとしていたそれを、メトは大地の石板にして封じてしまった。あの肉片は、今も石板の中で再集合しようと蠢いているのだろう。可哀想に。

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