冥界の軍勢

 迫り来るアンデッドの軍勢はイヴォルの虹の結界の前で止まり、ガツガツと己の武器をぶつけ始めた。


「凄い結界だけど、そろそろって感じだね」


「はい。結界が不安定になってきています。まもなく崩壊するかと」


 メトの報告に僕は気合を入れ直す。


「んー……こっちももう少しなのかな?」


 チラリとイヴォルの方を見ると、下へ下へと伸びる先の見えない穴が空いている。なんか魔術的な門でも開くのかと思っていたが、想像以上に物理だ。勿論、穴を開けるのに使われる力は魔術なのだが。


「相手にも魔術に精通してるのがいるっぽいですねぇ……単なるダメージ以外の要因でも結界が削れてます。多分、結界をてるんでしょうね」


 よく分からないが、高等な技術なのだろう。


英雄の骸ヒロイック・スケルトン以外にも厄介そうなのは沢山居るからね。エルダーリッチも数体見えてるよ」


「……これ、本当に勝てるんですかね。不安になってきたんですけど」


 大丈夫だよ。多分。きっと。


「ッ!」


 バギィッ、音が響く。虹が歪み、眩む。結界に罅が入り、修復され、繰り返し、不安定に揺れて、結界は弛んでいく。


「あ」


 虹が、霧散した。僕らを守る結界は遂に崩壊したらしい。


「あと、二十秒だッ! 君たちで耐えてくれッ!」


 イヴォルの声が響く。不死者どもが迫る。


「しょうがないね……二十秒くらい余裕だ。僕の仲間たちにかかればね」


 僕は従魔空間テイムド・ハウスを展開し、仲間たちを呼び出しながらバフを配る。


「ネクロさん、他力本願すぎですよ。でも、私にかかれば余裕ですっ!」


「お任せ下さい、マスター。一体残らず殲滅します」


 エトナが大地を駆ける。メトが大地を揺らす。僕はその背中に時魔術をかける。


「よろしくね。僕の護衛はネルクスに任せるから」


 僕の影が嗤うように揺らめく。従魔達が戦場に広がっていく。


斬撃スラッシュッ、斬撃スラッシュッ! この程度の相手なら、斬撃スラッシュで十分ですッ!」


「エトナさん、油断は怠慢です。気を抜かないように。マスターの国には獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというような言葉があります。エトナさんも、そのように」


「うぅ〜、小言はやめて下さいメトさんっ! 分かりましたよ。最初から全力全開、兎さんでもなんでもボッコボコにしてやりますっ!」


 メトの鍾鋼の腕輪グラウィス・ドゥラムに金属と化した地面が吸い込まれていき、メトの片腕が真っ黒に染まる。エトナは影像斬舞シャドウ・ダンスによって残像のような影を残しながら敵を斬り刻んでいく。


「あっ! 貴方は神将殺しのファランベルクスさんっ! 会えて嬉しいですっ! サイン下さいッ! 死んで下さいっ!」


「ォ、ォォォ……」


 多分音速は超えてるくらいの速度で動くエトナは、その暗殺者としての技術でソニックブームどころか足音も立てずに骸と化した英雄に向かう。

 怨霊のような悍ましい声を返す槍を持った英雄だが、エトナの速度と残像に翻弄され、槍は当たらない。


影像斬舞シャドウ・ダンスと私の影に潜れる能力っ、凄い相性良いと思いませんかっ! ファランベルクスさんッ、これって神将ベインラスにも通用しますかねっ!? ねっ!」


「ォ、ォォ、ォォゥ……」


 心なしかいつもよりテンションの高いエトナ。しかし、その実力は骸と化して全盛期の力を失った英雄を優に超えている。エトナの言葉通り、影像斬舞シャドウ・ダンスとエトナは非常に相性が良く、超高速で生み出される影の残像と、いつでも影に潜って無敵になれるエトナ。また、一秒は残る残像のどこから現れるかも分からないという恐怖。


銀聖閃刃フラッシュエッジッ! ……あれ、もう終わりですか?」


「ォォォ……」


 英雄の骸は完全に翻弄されたまま、聖なる刃に葬られた。エトナは少し残念そうにしながらも、また群がってくるアンデッドを斬り裂いていく。


「ッ! 英雄の骸ヒロイック・スケルトン……強敵ですが、対処可能です」


 大地を操る能力でエトナよりも早く雑魚を殲滅していくメトの背後に大槌が落ちた。それを振り下ろしたのは英雄の骸ヒロイック・スケルトン、ガンダガ・ベルリラだ。


「ォォォォォォッ!!」


「力は強いですが、遅い。酩酊拳メイテイケン


 ガンダガの分厚い鎧の僅かに開いた隙間に黒い拳が吸い込まれる。ガンダガは仰け反り、酔っ払いのようにふらふらと揺れる。


「詰みです。覇王拳ハオウケン


 黒い拳が、兜に覆われた頭蓋に吸い込まれ、兜ごとそれを砕いた。


「英雄の骸とはいえ、全盛期の力は無いですね。他愛ないです」


「……」


 ふっと息を吐いたメトに影が差す。メトが振り向くと、そこには褪せた赤色のローブを着込んだナニカが立っていた。


「困るな。幾ら低級とは言え、元英雄を簡単に葬られては」


「低級ということは、上級も居るのですか? いや、貴方は何者ですか?」


 警戒したように距離を取るメトに、赤いローブの男は呆れたように身を竦める。


「質問が多いな。これだから下界の下等種どもは……」


「低級、下等種と、他を見下すのが好きなようですね。自尊心の高いタイプに良く見られる傾向です」


 メトの言葉に、ピクリと赤いローブが揺れる。


「……私を解析するな、劣等存在如きが」


 赤いローブの男が指先をメトに向けると、メトの足元から闇の触手がぞわぞわと伸びてメトを拘束しようとする。メトはそれを回避する為に跳ぼうとしたが、一瞬だけ体が麻痺したように硬直し、バランスを崩した。倒れそうになり、時間をロスしたメトに触手は絡み付いていく。


「今の力……傀儡術の類いですか。しかし、触手の耐久力はそう高くありません」


「間に合うと思っているのか? 猿め」


 触手を力任せに引きちぎっていくメト。しかし、そこにまた指先を向ける赤いローブの男。


「消え────」


「────創音サウンド


 指先で高まる魔力が、霧散した。


「ぐッ、音魔術か!? このような子供騙しに……ッ!」


 メトの仕業だと思い込んでいる男の勘違いを正すべく、僕は男の前に歩いていく。


「あはは、子供騙しで悪かったね。でも、君みたいな弱いのには子供騙しで十分だと思ってさ」


「ッッ!!? 貴様ァッッ!!!」


 他人を見下してる奴を怒らせるのに一番簡単な方法は、同じように見下してやることだ。さて、二十秒だ。

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