奈落

 黒い魔力が迸ってイヴォルを覆い、契約が完了した。


「ッ!? これは、中々……いや、生前すら超えているかも知れない」


 まぁ、アンデッドだし称号によるバフは結構嵩むはずだ。倍くらいにはなっているだろう。


「ふむ……ふむ……可能だな。奈落の攻略は、可能だ」


 噛み締めるように言うイヴォル。


「よし、そうと決まれば早速行こう。勿論、約束通り攻略は明日以降とするが」


「分かったよ。いつでもいける」


 覚悟を決めた僕の前で、イヴォルは何やら魔術を行使し、結界を張り出した。


「それ、結界だよね? 必要なの?」


「奈落に行くために必要かと言えば、不要だ。だが、私たちを襲う敵を撥ね退ける為には必要だ。時間稼ぎにはなるだろう」


 ん? どういうことだろう。


「えっと、強い敵が居るのは奈落なんだよね? なのに、ここで結界を張るの?」


「いや、奈落に居るのは最強の敵だ。ここで結界を張るのは、これから強い敵が襲ってくるからだ」


 なんか話違くないかなぁ?


「それって、何? 冥界だからケルベロスでも来るの?」


「それは分からない。だが、来るのは冥王の手先だ。冥界の兵士、冥王軍。屍騎と呼ばれるものも来るだろうな。面倒な相手も多いが、大丈夫だ」


 なんかよく分からないことを言っているが、一つ疑問が浮かんだ。


「ねぇ、これからやることって奈落まで行ってパスを繋ぐとか言ってたよね? 奈落からも挟み撃ちされたらやばいんじゃないの?」


「一度奈落まで穴を開けて追手を撒き、感知をやり過ごせる結界を張ることができれば安全にパスを繋げる。奈落の戦力の殆どはその場から離れることが出来ない上に、そもそも奈落には冥王の戦力というものは殆ど無い。何故なら、奈落そのものが防御機構のようなものだからだ。環境そのものが地獄であり、そこに棲まう住民は化け物揃い。敵に踏み入られたところで大抵は自滅するだけだ」


 つまり、奈落自体に冥王の操れる戦力は無いって訳だね。こっちが勝手に奈落に行くなら勝手に死んでればいいということだろう。


「まぁ、分かったよ。それで、冥王軍にはどういう戦力が居るの? テイムできそうならしてみたいなぁ」


「テイムは無理だろうな。アンデッド化も難しい。殆どが元から死霊だ。それと……どんな敵が居るのかについては話す暇が無さそうだ」


 ん、そんなに一分一秒を争うのかな?


「ね、ネクロさんッ!」


「どうしたの、エトナ?」


 振り向くと、エトナが焦ったような顔をしている。


「君も気付いたか。敵はもう、こちらに向かってきている」


「そうですっ! 敵が来てますッ、沢山ッ! 強いのがッ!」


 え、もうバレたの? なんで?


「侵入に気付かれたってこと? 普通、そんなに早いの?」


「いや、普通は気付かれるかどうかは別として、こんな戦力をいきなり送ってはこない」


「じゃあ、何で?」


 何重もの結界を漸く張り終えたイヴォルは、真剣そうな表情で僕を見た。


「私が以前侵入したことで、マークされている」


 いや、お前のせいかよ。


「……まぁ、良いけど。これはどんくらい耐えれば良いの?」


「耐えるというか、殲滅だ。来ている戦力を全て滅ぼす。だが、安心していい。結界が割れる頃には奈落への道は完成している筈だ。つまり、私も戦闘に加われる。恐らくな」


 筈だとか、恐らくとか、不安要素が多くて一切安心できないが、それを言ってもしょうがないので僕は頷いておいた。


「……見えてきたね」


 どこまでも広がる石の荒野。その水平線に、幾つもの点が浮かび始めた。


「視覚強化」


 僕はパッシブスキルのそれを声に出して発動し、視力を一時的に強化した。


「見える。暗視があって良かったよ」


 僕の視界に移ったのは、正しくアンデッドの軍勢だった。黒や紫、青色の鎧を纏った骸骨が大半を占める軍勢が、全方位から迫っている。


「厄介そうなのは……アレかな」


 軍勢の中に紛れて、一際存在感を放つ骸骨を見つけた。それは暗い青色のマントを纒い、鈍い金色の剣を持った燻んだ肌色の骸骨だ。放たれる魔力は明らかに異質で、周りの骸骨とは違う。


解析スキャン


 表示された結果は『英雄の骸ヒロイック・スケルトン Lv.78』だった。名前はアーフェースというらしい。察するに英雄がアンデッド化した姿だと思うのだが、イヴォルは違う種族なのには理由があるのだろうか。


「ねぇ、エトナ。アーフェースって知ってる?」


「知ってますよ! アーフェースと言えば音楽ですよね! 剣の扱いに長けた英雄でありながら、得意の弦楽器を使って怪物の心を開いて一滴の血も流すことなく村を救ったとか、そういうお話が多いです!」


「ありがと、やっぱエトナはそういうのに詳しいね」


「ふふふ、任せて下さい。そういう本を読み漁って冒険者になるのを夢想するのが唯一の楽しみの時期もありましたから」


 ちょっと闇が深そうな話をスルーして、僕は再度骸の群れを見渡す。


「……アレも、中々だね」


 僕の視界に映ったのは、真っ赤な鎧に身を包んだ骸骨だ。大きな剣も真っ赤に染まっている。


解析スキャン


 今度の結果も英雄の骸ヒロイック・スケルトンだ。名前はグラギアス。


「グラギアスって聞いたことある?」


「勿論ありますよ! 紅蓮の英雄グラギアスですよねっ! 炎を操る力に長けてたらしくて、大池に潜む水竜を大池の水ごと焼き払った話は有名です……って、そんなこと話してる暇あるんですか? もう、そこまで迫ってますけど」


 僕は首を振る。


「それが、そのグラギアスとかアーフェースとかが敵に居るんだよね」


「え、本当ですかっ!? 私も見たいですっ!」


 焦れよ。喜ぶところじゃないよ。少なくとも敵の時は。


「うん、本当だよ。しかも……二人だけじゃ、済まなそうだね」


 どんどんと近くなるその軍勢の中には、同じような気配が幾つも感じられた。

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