冥界

 渦を巻く漆黒のゲート。一般的な危機感のある人類なら突入は回避するであろうその禍々しい門は冥界に繋がっているらしい。


「しかし……冥界ね」


「恐ろしいですね〜」


 そういえば、ラヴも言ってたような気がする。取り敢えず、冥界の奥の祠とかに行けば良いんだったっけ。


「ま、行っちゃおうか」


 躊躇う気持ちもあるが、時間は有限だ。


「なんか、必要な準備とかあるかな?」


「いや、君達なら問題ないだろう」


 そっか。じゃあ、早速。


「行くよ、二人とも」


 僕はエトナとメトに呼びかける。


「え、もう行くんですか? 心の準備とか無い感じですか?」


「無い感じだよ。れっつごー」


 僕は冥界へのゲートに一歩近付いた。指の先から吸い込まれようとする感覚がある。


「……今行くね、ラヴ」


「ちょっ、ちょっとネクロさ────」


 僕はその流れに逆らわず、ゲートの中に吸い込まれていった。




 ♢




 視界が入れ替わる。空気が違う。淀んでいるような、澄んでいるような、不思議な感じだ。空が黒い。夜の色じゃない。ただ、純粋に色としての黒がある。


「ここが、冥界ね」


 足元を見る。地面は石だ。なんてことのない、ゴツゴツとした石の地面。


「さて……見た感じ誰も居ないけど。生者も、死者も」


 僕が呟くと、後ろのゲートからズズズォォと音が響いた。振り返ると、エトナとメトがゲートから現れていた。


「やぁ、こっちの世界へようこそ」


 僕が言うと、エトナはしかめっ面で僕を見る。


「そっち側みたいな感じで言わないで下さいよ。まだ私たち、誰も死んでないんですから。奇跡的に」


 奇跡的に、ね。確かに相手したきた敵は割と洒落にならない奴も多かった。


「そうだね。今生きてる幸せを、冥界で感じようか」


「皮肉のようですね、マスター」


 メトが言うと、またゲートから音がした。今度はイヴォルが現れた。人の姿だ。白い髪の初老の男が現れた。


「問題なく渡れたようで何よりだ。冥界にようこそ。さて、目的地に歩きながら少しここの説明をしようか」


 イヴォルはそう言うと直ぐに歩き出した。僕らはその後ろをついていく。


「先ず、冥界とは死者が辿り着く場所。とはいえ、大抵の魂は直ぐに輪廻の輪に呑まれて新たな命として生まれ変わってしまうもの。ならば、この冥界で過ごす死者達とはなんなのか?」


 イヴォルは一拍置いて、続ける。


「未練ある者、若しくは迷いし魂だ。現世に未練があり留まっていたものが永劫に呑まれるか、冥界に呼び寄せられてこの地は死者の魂で満たされる。迷いし魂も冥界に誘われ、そのまま冥界を彷徨うことになる。そしていつか、未練を失い前を向いた時、若しくは迷いを捨てて自分の道を見つけた時、彼らは冥界から消えて輪廻の輪に還るのだ」


 へぇ、なんかそれっぽいね。


「まぁ、この冥界の役割を簡単に言えば厄介な死者の受け入れ場所だ。正常に輪廻に還らなかった者を誘い、吸い込み、受け入れる。それがこの冥界の存在理由ということになる。あまり楽しい場所では無いが、目的地までは長い。落ち着いて過ごすと良い」


「ありがとう、大体分かったよ。てことは、地獄とかは無いってことだね?」


 僕が聞くと、イヴォルは足を止めた。石の地面の殺風景が無限に広がっていくように錯覚する。


「ある」


「え?」


 あるの?


「地獄はある。正確には、奈落と呼ばれている場所がある」


 奈落。


「奈落は、神々の怒りを買った者や、裏切った神そのもの、又は冥王が冥界では管理不可と判断した者を送り込む場所だ。この世の……いや、あの世での最期の罰を受けるその場所は、地獄と呼ぶに相応しいだろう」


「へぇ……凄いね」


 奈落、碌な奴が居なそうだね。


「さて、ここら辺なら丁度良いな。そろそろ行こうか」


「行くって?」


 さっきからずっと歩いてるけど。


「さっきから話している、奈落だ」


「……本気?」


 今、相当ヤバいところって話をしたところだと思うんだけど。


「本気も本気だ。私が今までラヴ様を信仰しながら救えていなかったのは奈落の奥に祠があることが原因だ。あの地からラヴ様を解き放つには、相応の力が要る」


「……それ、今から行くの?」


 イヴォルは頷いた。


「当然だ。こう言ってはなんだが、君の気が変わらない内に行きたい」


 僕はイヴォルの言葉に、少し躊躇いながら返した。


「えっと、ごめん。明日で良い?」


「何?」


 イヴォルが眉を顰める。


「そんなにやばい場所なら戦力を万全にしてから来るよ」


「む、そこの二人とあの悪魔以上に強い仲間が居るのか?」


 二人以上に強い、かぁ。


「まぁ、どうだろうね。同じくらいには強いんじゃないかな?」


「……何?」


 エクスとか辺りは強いよね。


「それに、それでも足りないなら……僕はいつでも更なる戦力を集められるよ」


「……勇者というよりも魔王のようだな。君は」


 よく言われるよ。


「まぁ、だとしても取り敢えず今日中に奈落には行っておく。君に奈落へのパスを繋いでおいてもらう必要があるからな。なに、安心しろ。奈落と言っても安全な場所と危険な場所がある」


「……まぁ、いまいち信用できないけど分かったよ」


 と、そこで僕はあることを思い出した。


「あ、そういえば君。まだ従魔になってないじゃん」


「む、そうだったな。君の元に下ることでどれだけの力を得られるのか、試させてもらおう」


 冥界の黒い空の下、僕は契約の魔術を唱えた。

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