黒が迸って
黒い線が迸るエトナは胸に手を当てて深呼吸をした後、両腕を黒い刃に変えた。
「……行きます」
黒い残像だけを残し、エトナの姿が掻き消えた。
「速いッ、だがこの虹を……ッ!?」
イヴォルから放たれる虹の奔流がエトナに襲いかかる。しかし、エトナは黒い刃の腕で虹を斬り裂きながらイヴォルに一瞬で肉薄する。
「転移ッ!」
姿を消すイヴォル、現れた位置はエトナの遥か後方。
「遅いです」
「何ッ!?」
しかし、イヴォルが転移後の景色を認識する頃には既にエトナはイヴォルの眼前に居た。
「────
黒い線の走る黒い刃が一瞬鼓動し、イヴォルの首を斬り落とした。イヴォルの体に満ちる虹がそれを阻もうともしたが、意味はなかった。
「これで、おしまいです」
「ッ、ァァ……」
自由落下していく頭蓋骨を、いつの間にか元に戻っていたエトナの短剣が貫き、破壊した。
世界が崩れ、反転していく。一瞬にして崩壊し、入れ替わった世界は僕らに数十分前と同じ光景を見せた。
「……ふむ」
椅子に深く座り込んだ男は、静かに頷いた。
「よかろう。文句は無い。私は君の従魔になる」
「そっか、それは良かったよ。エトナも、メトも、ネルクスも、皆んな、お疲れ様」
僕が言うと、エトナはボーッとした様子で頷いた。メトはマスターこそと逆に労いを返し、ネルクスは既に影の中だった。
「あぁ、そうだ。エトナと言えばだが……あの力はこちらでは余り使わない方が良いだろうな」
「ん、そうなの?」
イヴォルは頷いた。
「アレが何の異常も齎さなかったのは、精神世界であったが故だ。アレを現実で使えば、少し面倒なことになるだろう」
「ふーん……分かったよ」
「あぁ。一応説明しておくが、私の世界は精神によって形作られた仮想の世界。大抵のものは理想の状態で整っているか、そもそも不完全かのどちらかだ。だから、その娘は暴走することなく済んだという訳だ。普通はあのような力を使えば……まぁ、大変なことになる」
「どうなるかは割と想像付くよ」
「ほぅ、そうか?」
多分、あの真っ黒状態になるんでしょ。知らないけど。
「まぁ良いや。それで、君は結構ラヴのことを知ってそうだったけど、君はラヴの何なのかな?」
「簡単に言えば、信者だ。信奉者とも言える」
なるほどね……分かりやすくて、あまり情報がない返事が返ってきた。
「取り敢えず、僕は今からラヴに祈りを捧げるつもりなんだけど」
「それは、何の為にだ?」
「ラヴに会う為だね」
「ならば、暗黒魔術は使えるのか?」
僕は頷いた。
「祈祷術にはどの程度精通している?」
「スキルは取ったけど、使ったことはないね」
イヴォルはふむ、と頷いた。
「門、か……ならば、私が手伝おう……あぁ」
「それは、ありがたいけど、祈祷術に手伝うとかあるの?」
僕が問いかけるが、イヴォルは天を仰いで正に上の空になっている。
「あぁ……遂に、遂にこの時が来たか……賢者が勇者を導きて女神を救い、邪悪を滅するこの時が……ッ!」
「ごめん、良いかな? 早くやりたいんだけど」
僕が肩をトントンと触ると、漸くイヴォルは正気を取り戻した。
「あぁ、そうだったな。すまない。分かった。任せておけ。私がここに住んでいるのはラヴ様に祈りを捧げるのに適しているからに他ならない」
イヴォルはその場に正座し、横をとんと叩いた。僕は意図を察し、そこに座る。
「じゃあ、やるよ……」
「あぁ、私が勝手に合わせてやる」
体が現世から解き放たれたように、ふよふよとした浮遊感を感じる。視界はまるで宇宙だ。いや、星を見上げていると言った方が近いかも知れない。どちらにせよ、感覚的なものだ。
「……これ、かな」
暗黒魔術を鍵とする場所、今なら触れられそうだ。しかし、そこに近付こうとするが難しい。本当に宇宙空間でもがいているようだ。
「見つけたか。ならば、後は任せるといい」
イヴォルの声が響いた。すると、僕の体が急に推進力を得てそれに近付いていった。僕はそれに吸い込まれるように近付いて行き……それに呑み込まれた。
意識が、混濁する。ふらふらと倒れそうだ。
「お〜、ネクロさん。なんか出てきましたよ」
エトナの声だ。僕は既に開いていた目に意識を向け、視界を脳に接続させる。
「ん、んん……ぁ、おぉ、これは、凄いね」
漸くまともに喋れるようになった僕の目の前には、何やら渦を巻く漆黒のゲートが現れていた。
「ていうかエトナ、大丈夫? さっきまでボーッとしてみたいだけど」
「もう大丈夫ですよ。多分、アレを使った反動がちょっとあったみたいです。イヴォルさんが言ってた通り、アレはこっちじゃ使えないですね……残念ですけど」
そうだね。使う機会は今後来ないだろう。きっと。来ないように努力しよう。
「ところで、イヴォル。これって入ったら帰ってこれるの?」
「勿論だ。同じやり方で簡単に帰れる。そして、今後は君一人でも門を作れるはずだ」
なるほどね。
「ところで、この門ってどこに繋がってるの?」
僕が尋ねると、イヴォルは表情も変えずに答えた。
「冥界だ」
……冥界かぁ。
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