ジブンジシンのチカラ
逆立った草原。どんどんと地面が捲れ、土が草を覆っていく。
「貴方の世界の大地は掌握しました。それでも、私の攻撃では届かない……だから、私が作るのは環境だけです」
瞬間、メトを中心に草を覆った土が金属化していく。まるでナイフのようなそれは大量に生み出されていき、幾つもの刃が突き刺さり、埋まっている草原が出来上がった。
「これが作戦か? ただ刃を生み出しただけだろう。これら全てを操作して私を攻撃できるというなら話は別だが、その様子も無い」
「ただ刃を生み出すだけ……それで良いんです。それだけで、貴方に勝ってみせます」
そうか、とイヴォルは呟いた。
「ならば、私の役目はその驕りを正すことだな」
イヴォルが杖を掲げる。エトナを囲うように大量の魔法陣が生み出された。
「私を叱りつけるのは師匠と、ネクロさんと、あとメトさんだけで十分ですっ!」
「見せてみろッ! この賢者を崩す策略をッ!」
魔法陣から一気に魔術が溢れ出る。それらが交わる中心点は極彩色に光り、爆発を引き起こした。
「これが私達の答えですッ!
しかし、魔法陣の包囲からはとっくに逃れていたエトナは地面から刃を引き抜き、イヴォルに投擲した。
「舐めるなよ、小娘ッ!」
白銀色のナイフは超高速でイヴォルに向かうが、紙一重で転移で避けられる。
「舐めてるのは、そっちですッ!
「ッ!? これは……ッ!」
お返しに魔術を放とうと杖を構えたイヴォルに、息吐く暇もないナイフの連撃が襲う。転移で避けても次のナイフ、また転移しても次のナイフ……なるほどね。エトナの投擲によって放たれるナイフはエトナとそう変わらない程速い上に空中も攻撃できる。だから、ナイフを予め大量に生み出しておくことで敵が何処にいてもノータイムで攻撃できるんだ。
「くッ、不味いッ、このペースはッ!」
転移、ナイフ。転移、ナイフ。転移、ナイフ。転、ナイフ。
「罅がッ!」
転移が追い付かなかったイヴォルの体を覆う虹色のバリアにナイフが直撃し、罅が入った。
「
「
高速で駆け回りながらナイフを投擲するエトナ。転移後の場所すら持ち前の気配察知力で一瞬にして特定するエトナは、遂にイヴォルを纏うバリアを破壊した。
「
「そちらがそう来るならばッ、仕方なしッ!」
トドメのナイフが眼前まで迫る。その瞬間、イヴォルから膨大な魔力が噴き出した。
「こ、れは……ッ!?」
それは何の力を使わずとも見える虹の魔力。中心のイヴォルを覆い隠す程の絶大な魔力だ。
「
「なるほど……ここからが本気って訳ですね」
そう言うと、エトナは合図を出すかのように手をあげる。
「だったらこっちも、本気モードですっ!」
「この状態の私を倒せるものなら、やってみろッ!」
イヴォルは杖を虚空に消し去った。
「今の私には杖も要らん。大抵の魔術は使うまでも無い。手の一振りで消し去ってやろうッ!」
イヴォルが、手を一振りする。
「ッ! これは、凄いね……ッ!」
「クフフフ、流石は大賢者……いや、虹の賢者イヴォルですねぇ」
感じられたのは先ず光。網膜を焼かんばかりの虹色の強い光。巻き起こったのは風。いや、熱。それか、雷。恐らくは全てを内包した虹の力。主属性は風だと思われる。
全てを焼き、凍らせ、痺れさせ、蝕み、消し去る……虹の風だ。
「二人が居なきゃ余波だけで死んでたよ。だけど、エトナは無事かな?」
これはそもそもエトナを狙った攻撃だ。直撃していればタダでは済まないだろう。というか、一発KOだろう。
「────
なるほど、それで防いだんだ。
「貴方の虹は……ちょっと、光が強すぎるんじゃないですか?」
「気付かれてしまったか。確かに私の虹はそもそもが魔力であると言う性質上、均等にしようとしても光が強くなる。精密に調整することも出来るが、その場合は杖と詠唱が必要になるな」
なるほどね、強い魔力は強い光を発する性質がある。あの虹の魔力も例に漏れていないという訳だ。光だけが強くなった結果、エトナの
「それと……これ、いい機会だと思うんです」
そして、エトナは手の平に上に残った漆黒の不安定に揺れる球体。
「これ、今まで怖くて出来なかったんですけど……夢の世界なら、実験できますね」
エトナはそれを、黒い球体を、ゆっくりと……ゆっくりと、自分の胸の中に吸い込ませた。
「え?」
思わず、僕の口から意図しない声が漏れた。
「…………………………………………ぁ」
エトナの体が、黒色に染まっていく。真っ黒に染まった瞬間、エトナからも小さく声が漏れた。
「ふ、ぅ……やっぱり、私の種族スキルってことは、そうですよね……光を滅ぼすのも、闇を蝕むのも、それを自分のものにするのも……技術じゃなくて……私の、力です」
エトナの体が、端からゆっくりと色を取り戻していく。だが、中心は戻らない。心臓の部分だけは黒いままで、血管のように黒い線が身体中に走っている。
「エトナ……普通に、心配なんだけど」
「クフフフ、アレなら問題ありませんよ。彼女の言う通り、アレは彼女自身の力。
言ってることは良く分からないが、エトナは実際安定しているように見える。とはいえ、感じられる力は別物だ。
「ねぇ、アレってエトナの種族なら全員出来るの?」
「クフフッ、クフッ! えぇ、クッ、クフフ……えぇ、出来るでしょうねぇ……クフッ、居るのなら、出来るでしょうねぇ?」
居るのなら?
「もしかして、エトナって種族で唯一の生き残りみたいな感じ?」
「いいえ、違いますねぇ。単純にして明快な話ですよ。
「その悪役みたいな話し方やめなよ」
にしても、エトナの為に用意された種族? 確かに、
「……気になることはあるけど、今はこの戦いだね。正直、イヴォルの力の一端を吸収したところでその吸収した力の何倍もの力があるイヴォル自身には勝てない気がするけど、どう思う?」
「勝つでしょうねぇ」
ネルクスは当然のように返した。
「どうやって?」
「普通に、ですよ。単純な力の差で勝つと思いますよ。上昇しているステータスはどうみても彼女がイヴォルの攻撃から吸った分だけじゃないですからねぇ。恐らくあれは、吸収した分に加えて、自分の中に眠る力の一部を呼び起こしてしまっているんでしょうねぇ。まぁ、彼女自身も気付いていない完全な無意識なようですがねぇ? クフフフフフフ」
気持ちの悪い笑いを零すネルクス。だが、僕にとっては分からないことだらけだ。
「エトナ自身の力?」
「えぇ、そうです。ですが、その話はまだしないのでしょう? ですから、また今度」
「そうだね、そうだった」
僕は視線を前に戻した。虹の光が、闇に吸い込まれていた。
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