影の刃、光の如く。

 イヴォルが杖を掲げると、無数の魔法陣が宙に浮かび、そこから闇の槍が放たれてエトナに向かっていく。


「遅いですっ!」


「君は速いな」


 が、全ての槍はエトナに当たらず、エトナは宙に浮かぶイヴォルの元まで到着し、短剣を振りかざした。しかし、イヴォルは余裕そうに転移で逃げる。


「「「クフフフ、調子はどうですか? 賢者イヴォルよ」」」


 と、そこで転移先を囲むように分裂した三人のネルクスが現れる。ネルクス達の姿を見た瞬間、イヴォルは転移で更に違う場所へと消えた。


「無論、絶好調だともッ!」


 イヴォルが杖を掲げると、ネルクス達の居る地面から灰色の太い木の枝が生えてネルクス達に鋭く伸びていく。


「クフフフ、流石に技は衰えていませんねぇ。しかし、動きは随分鈍い」

「空間魔術をそう何度も使用して大丈夫ですかねぇ? 魔力が切れてしまいますよ」

「ほら、衰弱の手が有るのでしょう? 私に触れてみてはどうですか?」


 しかし、どの枝もネルクスには届かない。三人のネルクスは笑いながらイヴォルへと接近する。


「一緒に喋るな、聞こえないだろう」


「「「おぉっと」」」


 三方向から同時に迫るネルクス。しかし、イヴォルまであと数歩というところで彼らを捉えるように光の壁が展開された。


「これはこれは、罠ですか」

「しかし、この程度の壁は無意味です」

「数秒あれば十分ですねぇ」


 言葉通り、光の壁にはヒビが入っていく。


「無意味ではない。数秒あれば十分とは、こっちの台詞だ」


 光の壁が壊れる瞬間、ネルクス達を光の奔流が覆い尽くした。


「はぁッ、隙だらけですッ!」


 しかし、その光を杖から放つイヴォルには隙が生まれ、その隙をエトナは正確に狙っていた。


「ッ! 流石に油断していたな……」


 エトナの短剣は確実にイヴォルの頭蓋に直撃していた。その短剣は銀色の聖なる輝きを放っている。


「刺さって、ない?」


「あぁ、刺さってないとも。実のところ、私に聖属性の直接攻撃は効かないんだ。闇も、火も、水もな」


 そう語るイヴォルの体には薄っすらと虹色のバリアが纏われている。


「とはいえ、流石に暗殺系なだけはあるな」


 しかし、そのバリアは短剣が触れている場所を中心にひび割れ、崩れかけている。


「耐性貫通のちょっとやそっと、A級冒険者の私にないわけないです!」


「そのようだな、だが──ッ!?」


 お返しにエトナをリッチの死の手で掴もうとした瞬間、イヴォルの体を闇が取り巻いた。


「「「クフフフ、私があの程度で消えるとでも思いましたか?」」」


 その闇の正体はネルクスの分身達だ。光の奔流に飲まれて消えたかに見えたが、滅びてはいなかったようだ。


「「「とはいえ、ダメージは深刻ですからねぇ……後は任せますよ?」」」


 かろうじて原形を保っていたネルクスの分身達は完全にドロドロの闇に溶けていき、イヴォルを飲み込んでいく。それを見たエトナはイヴォルからある程度距離を取った。


「くッ、これは……抜け出せないな」


「だったら、闇雲ダーククラウド……滅光蝕闇シュット・オプスキュリテッ!」


 闇の雲が広がった瞬間、エトナの周囲から色が消えていく。光も闇も吸い込まれ、真の暗黒が辺りを覆い尽くし……世界が元に戻る頃にはエトナの手の平の前には漆黒の不安定に揺れる球体が生み出されていた。


「消し飛んで下さいッッ!!!」


「それは……不味いな」


 強い重力で光すらも歪ませる球体は、少し離れた場所にいる動けないイヴォルにゆっくりと近付いていき……ネルクスの闇と融合した。


「ッ!」


 瞬間、眩い光が溢れて僕らの視界を奪う。発そうとした声すらも消える。


「……流石に、消えたかな?」


「いやいや、どうですかねぇ」


 焼けた視界が戻ると、そこにはエトナの姿のみが残されていた。


「作戦に頼るまでもなく終わってるならそれで良いんだけど」


 しかし、そう甘い相手とも思えない。



「────安心したまえ、まだ私は終わっていない。存分に作戦とやらを使えばいい」



 気配。後ろだ。後方、空中。黒を纏う骸骨。


「私の命は諸事情により二つある。故に、二度殺さねば死なない」


「それはそれは……厄介だね。全く、どういう原理なのかな」


 まぁ、内にも似たようなのが居るけどね。なんなら蘇生回数に限れば上位互換が。


「やっぱりこんな簡単には終わりませんでしたね……ですけど」


 エトナが僕らの……いや、メトの方を見る。



「────はい、準備は完全に完了しました」



 瞬間、草原がざわりと逆立った。

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