黒い霧も、夢幻の使い手も

 エトナが猛スピードで突っ込んでいった直後、レヴリスとクロキリは姿を消し、残ったシンはメトと向かい合った。


「……俺の相手はお前か」


「受けて立ちましょう。いつでも構いません」


 拳を構えるメトに、シンは黒い剣を構える。


「そうか。どうやら、これで正真正銘最後らしいからな……本気で行く」


 シンの体から黒い粘り気のある液体が滴り始め、白く薄い蒸気が昇り始める。


「|黒火類影(こっかるいえい》、白華葬耀はっかそうよう


 黒い粘液は地面に滴り落ちると同時にジュゥゥと焼けるような音を立てて地面に染み入るように消えていき、白い蒸気は光を取り込み反射して僅かに煌めいている。


黒煉白浄こくれんはくじょう


 黒と白、対となる二つを発する黒衣の男の剣もまた、黒い粘液を滴らせ、白い蒸気を発している。


「悪いが、全力はここまで隠していた。お前たちが俺たちを監視しているのは知っていたからな」


「そうですか。申し訳ありませんが、あまり興味がありません。早く始めましょう」


 メトの言葉にシンは思わず微妙そうな顔をするが、メトは無表情の圧で急かした。


「……分かった。行くぞ」


 シンの姿が勢いを増した蒸気に覆われて消える。次の瞬間には、メトの背後からシンが現れていた。



「――黒禍クロマガ



 白い蒸気すらも吸い込みながら振り下ろされる黒の剣。剣から発せられる引力により体が引き寄せられる回避不能の斬撃。



「――甲鋼拳カッコウケン



 回避不能の斬撃。しかし、メトはそれが分かっていたかのように橙色のオーラを纏った黒い拳を振り向きざまに打ち付けた。


「ッ!? 弾かれた? しかも、気付かれていたのか……いや、待て……」


 シンは表情も変えずに佇むメトを見た。感じる違和感は何だ? その油断無い構えか、黒く固まった拳か、それとも。



「……お前、人間か?」



 シンの問いに、メトは目を細めた。


「質問の意図が分かりません。排除します」


「やっぱり、そうか。無機質すぎると思った。呼吸も、表情も、全てが」


 問いかけながら振るわれるシンの剣を腕輪の効果で黒い金属のように変化した拳で弾くメト。


「私は人です。人であろうと思い、人として生きています。だから、私は人です」


「……哲学的だな」


 今度はシンが目を細めると、メトは畳みかけるように何度も拳を振るう。


「それに……」


 メトの無機質な瞳がシンの瞳の奥を見る。



「――どうせ、貴方達次元の旅人の殆どはこの世界の人々を本当の意味で人間とは思っていないどころか、生物であるとすら思っていないのでしょう?」



 シンの目が見開かれる。シンの体が硬直した。


「覇王拳」


「ぐッ!?」


 一瞬の隙、しかしそれをメトが見逃す訳もなく、黒いオーラを纏う黒い拳がシンの腹に突き刺さった。


「一応言っておきますが、貴方達に何を思われようが何も思いません。私が気にするのは、この旅で私の感情を育ててくれたマスターのことだけです」


「ぐ、ぅ……もう、隠す気も無いらしい、な……?」


「積極的に言い触らすような人間ではないと判断したので」


 もはや自分が人外であることを隠そうともしないメトの態度に思わず突っ込むシンだが、メトは気にする様子もない。


「それでは……もう、終了させます」


「……そうか」


 既に深いダメージを負っている満身創痍のシンだが、まだ戦えるとばかりに黒い剣をゆらりと構える。


「だが、まだだ……道連れくらいにはしてや――ッ」


 シンの姿が蒸気に覆われ……蒸気が収まると、そこには首を掻き切られたシンと、その傍に立つエトナの姿があった。


「すみません、メトさん。縛ってたらちょっと遅くなっちゃいました!」


「問題ありません。あのまま戦っても負けることはありませんでした」


 暢気に話す二人の下で首から血を噴き出して蹲るシンは、苦しそうに嗚咽を漏らし、二人を睨む。


「……く、ッ……次は……勝、つ……」


 シンの体が粒子へと変わり、溶けていった。



 部屋の奥に佇む小さな玉座に悠然と座るネクロ。しかし、その両脇に控えていた二人の少女は既に居らず、無防備な魔物使いがただ一人、取り残されていた。


「さて……クロキリとレヴリスの姿が消えたね。狙いは明白かな」


 しかし、その危険度はネクロ自身も理解していること。だが、それでもネクロは余裕そうに片肘をついて微笑んでいる。


「いつ来るかな? バレてることは分かってるだろうけど、あんまり時間をかけすぎても他が負けて終わっちゃうよ? エトナが言ってたよ。暗殺は速や――」


 ネクロの両側から刃が煌めき……



「――クフフ」



 二つの刃は同時に弾かれた。


「なッ、お前は……例の執事か」


「影に潜んでいたのです……でも、もう不意打ちはできないのです」


 ネクロというより、ネルクスと向かい合う二人。


「油断はしませんっ! 初めから全力で行くのですっ!」


「黒き霧よ……」


 レヴリスの姿が幾つにも分かれ、クロキリの体から黒い霧が溢れていく。


「クフフ……申し訳ありませんが、一撃で終わらせて頂きます」


 姿を惑わせる二人。しかし、ネルクスは広がっていく黒い霧の中に入り込み、拳を突き出した。


「ぐはぁッ!?」


「さて、次は……」


 霧の中に潜む姿の見えないクロキリに拳を叩き込んだ後、ネルクスは振り返り、彼を囲むレヴリス達を無視し、虚空に拳を突き出した。


「ぐ、ぅぇ……」


 漏れる嗚咽の音と共に現れるのは、透明化していたレヴリス。腹を抑え、体勢を崩しているレヴリスは恨めしそうにネルクスを睨む。


「んー、もう終わっちゃったか……じゃ、言い残すことはあるかな?」


 たった一撃で満身創痍に陥った二人を見て、ネクロが最後の言葉を求めた。

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