ゴブリンとオークと骨と

 ウィスプの存在に気付いたレヴリスが叫ぶが、時既に遅し。部屋に点在する青い炎が揺らめくと、無数の魔法陣が部屋中に展開された。


「なッ!? やめッ」


「クソッ、ウィスプだとッ!?」


「なんで誰も気付かねえんだよッ! ぐッ、痛えなァッ!」


 炎が、氷が、風が、雷が、槍となり、剣となり、刃となって襲いかかる。頭上や背後、死角を含む四方八方から放たれる魔術は最早避ける術が無いに等しい。


「ウォオオオオオラァアアアアアッッ!!! 狂戦死兵バンデッド舐めんなぁッ!」


 が、侵入者達にとって幸運だったのはそれが即死級の威力を持っていないこと。そして、仲間に当てないようにウィスプも全力は出せないこと。

 故に、耐久力の高い一部のプレイヤーはウィスプの魔術による攻撃を気にもせず、暴れ回っていた。


「デェエエッドォォッ!! グラァアアスプッッ!!!」


 剣を持たない左手によって繰り出された握撃が腐れたゴブリンの頭を一撃で潰した。これを為したのは狂戦死兵バンデッドの蛮蛮漬けだ。

 狂戦死兵バンデッドは狂戦士系のジョブで、アレクの狂戦鬼ベルセルクとはまた違う派生職だ。このジョブは超希少なシステムを有しており、なんとHPがマイナスまで存在する。

 狂戦死兵バンデッドはHPがマイナスの間、そのマイナスの大きさに応じた速度で体が少しずつ腐っていく。完全に腐食すると体は崩れて消えるが、それまでにHPをゼロ以上まで回復させると腐食は即座に収まり、急速に元の体に戻っていく。

 また、HPがマイナスの間はSTRとHP回復速度が上昇し、代わりにVITとAGIが落ちる。但し、狂戦死兵バンデッド自体が高い再生能力を持つジョブなので、マイナスからの復帰はそう難しくない。


「ぐッ、体が……動かんッ!」


 しかし、反対に耐久力も腕力も無いアサシン組のプレイヤーは、簡単な拘束系の呪文に一度引っかかっただけで拘束魔術を重ね掛けされ、身動きを止められてしまっていた。


「やッ、やめろッ! くッ、誰か……ぐふッ」


 勿論、動きを止められ無力化された後に待ち受けるのは、死のみだ。


「はっ! よいしょっ! くっ、ちょこまか鬱陶しいのですっ!」


 そして、それを為しているウィスプを積極的に排除しているのは、元々フリーな立ち位置で全体をカバーすることが役割だったレヴリスだ。火も物理も効かない厄介な魔物のウィスプだが、それでも処理する手段はそう少なくない。


「やっぱり、これなら効くのですっ! 魔術よりもこっちのが早いのですっ!」


 彼らに効果的なものは、火属性以外の魔術も当然だが、単純に霊体にも効果のある武器ならば物理無効を貫通してダメージを与えることが出来る。


「ふふっ、久し振りに使うのです。でも、取っていて良かったのです。霊喰剣ゴーストイーター!」


 レヴリスにしては珍しい長剣だが、普通に扱うことは出来ている。透明化しているレヴリスを視覚以外の感覚で感知して避けようとするウィスプ達だが、彼らの盾になりうるゴブリン達にレヴリスは見えないので守られることなく狩られていく。


「ブモォオオオオオッ!!」


「くッ、結構強いんだねッ! でもッ、僕も負けてないよッ!!」


 今度は部屋の奥側、死闘を繰り広げるのはブレイズとドゥールだ。しかし、ブレイズは少し押されており、劣勢の形だ。消耗するほど強いドゥールだが、まだその段階に至ってすらいない。ブレイズは拮抗していると勘違いしているが、勝負が進めば進むほどにブレイズは不利になる。


「グギャッ、グギャギャッ!」

「グギャギャッ! グギャァッ!」

「グギャァァ! グゥギャァッ!」


「ッ! 鬱陶しいッ!」


「「「グギャァアアアアアアッッ!?」」」


 振り払うように剣を振り回すと、彼を取り囲んでいたゴブリン達が深い傷を負いながら一斉に吹き飛んでいく。しかし、その傷は直ぐさま再生し、再びシンを取り囲んでいく。


「……どうしタ、人間ヨ。その程度、カ?」


「人語を解す、か……見ているだけの割に口は回るようだな」


 挑発するゴブリンの王に、シンは驚いたような目を向ける。続けて、再度ゴブリン達を吹き飛ばす。


「だったら、俺も少し本気を出す」


 数秒と経たずにシンを取り囲む再生力の高いゴブリン達。しかし、飛びかかる彼らにシンは剣を動かさず……


氷域アイスエリア


 代わりに魔法陣が展開され、シンに飛びかかってきたゴブリン達はその再生力にかまけて身体中に付着していた血が凍り付き、一瞬にして氷像となった。


「血だらけとは言え、まだ新しい血が凍るか不安だったが……俺のINTなら問題は無かったな」


 本来は寒さで相手の動きを鈍らせるか、水の中にいる相手を凍らせるような用途の氷魔術、氷域アイスエリアだったが、少なくとも体外の血が凍る程度のマイナス十八度以下ではあったらしい。


「さて……雑兵は終わらせた。王を守る騎士か、王か。どちらかでも、同時でもいいが、次はお前達だ」


 そして、未だ冷たさの残るその領域の中からシンはゴブリンの王に剣を向けた。


火槍ファイヤーランスッ! お前らどうするッ、ウィスプどもは減ってきてるが、骨が厄介だぞ! あれを早く処理しねえと不味いッ!」


風刃ウィンドカッターッ! 僕らには壁があるけど、逆に防いでる間はそれしかできないしねぇ!」


「ちょっと、あんた達もうちょっと頑張りなさいよぉ! 最初のアレみたいな派手な攻撃は出来ないワケぇ? じゃないと、私も守り甲斐が無いわぁ?」


 細かい魔術で支援するメイジ組に苦言を呈する護衛担当のネックイーん。彼女は比較的広範囲を攻撃できる鞭でメイジ組を迫り来るゴブリン達から守り続けている。故に、メイジ組が最初のような大きい貢献を出来ていない今に不満があるのだろう。


「あれはまだ敵と味方が混ざり合ってないから出来た広範囲攻撃なんです。だから、もっかいは無理だろうね〜」


 クーリャ〜が間延びした声で言うと、その言い分にある程度の説得力があったからかネックイーんは押し黙った。


「だが、現状で最も自由な我らが何も出来ていないのは不味いな。多少の犠牲は仕方ない……我に任せるが良い」


 尊大な喋り方をするのは、ヴェルベズという闇の主ダーク・ロードの女だ。突入時には闇の結界を張って突入の手助けをしていた彼女だが、当然その力は破壊に特化している。


「クフフフ……消えろッ!!」


 部屋の左奥辺りの天井に大きな魔法陣が花開くと、そこから粘ついた液状の闇が大量に溢れ、下にいる者たちを呑み込んだ。


「おいッ、今の確実に仲間を巻き込んだだろうがッ!!」


「しょうがなかろう? こうした方が結果的には多くの仲間を救えるのだぞ? それに、出来るだけ人が居ないところを狙ったからな……犠牲は、たった二人で済んだぞ?」


 飽くまでも偉そうに振る舞うヴェルベズに仲間たちは苛立つが、その言い分にある程度の正しさがあることは認めざるを得なかった。


「チィッ、それよりも……今ので注目を集めすぎた。骨どもがこっちに来るぞ」


 大きな力の行使によってゴブリン・スケルトンの意識はメイジ組に向けられた。その意識とは、言い換えれば殺意だ。


「しょうがないね〜、もっかい結界を張って、暫くは待機だね。今ので結構な敵を処理出来たし……残りは五割以下でしょ? よゆーよゆー」


 クーリャ〜は楽観的にそう告げると、迫り来る骨の刃から守る為にメイジ組を囲う結界を展開した。ヴェルベズもそれに合わせて結界を展開する。


「ふぅ、ウィスプはレヴリスが処理してくれていたか。お陰で、後衛は殆ど片付いたな……尤も、アサシン組はかなり被害を受けたが」


 アサシン組の一人にして、アサシン組の中では一番の実力を持つクロキリが呟いた。


「……苦戦しているのは、ブレイズか。しかし、あれならまだ耐えられる。ならば……骨の処理だな。スケルトンとあるが、カラクリは何だ?」


 頭蓋を砕けば死に絶える筈のスケルトン。しかし、彼らにはその頭蓋が無く、自由自在に飛び回っている。

 奇妙だ。有り得ないことだ。だご、だからこそ何らかの仕掛けがある筈だ。間違いなく。


「……そういうことか」


 気配を消し、静かに部屋を見渡したクロキリ。その目には、この謎を解くあるものが映った。


「玉座の装飾。悪趣味な、頭蓋骨」


 なるほど、どうやっているかは分からないが、どうやら頭蓋骨と体を分けたらしい。しかし、流石にそれを部屋の外に置いておけはしなかったようだ。

 クロキリは、そう考えた。そして、その考えら当たっている。玉座の装飾に偽装された悪趣味な頭蓋骨は、あの飛び回る骨の刃の本体だ。


「レヴリス、ウィスプの処理は終わったんだろう?」


「はい、クロキリさん。なんとか片付いたのです。でも、まだまだこれからが本番で……」


 言外に話している暇は無いと告げるレヴリス。しかし、クロキリは去ろうとするレヴリスの腕を捕まえた。


「待て。ウィスプの次は、スケルトンだ」


「……どうやって倒すんです?」


 レヴリスの問いに、クロキリは玉座を指差した。


「あれだ。あの頭蓋骨を叩き割る。あそこまで近付くのは、俺とお前くらいにしか出来ない。あの四つの頭蓋骨、俺たちで同時に破壊する」


「……なるほど、全然気付かなかったのです。あれが、本体ですか……分かったのです。一瞬で終わらせるのです」


 二人は頷き合い、気配を薄くし、姿を消した。


「はッ、はァッ! ……王よ、お前は意地でも動く気が無いらしいな」


 四体の鎧を纏ったホブゴブリンの騎士を互角以上に相手するシン。しかし、彼は余りに動こうとしないゴブリンの王を訝しんだ。


「……玉座、か?」


「ッ!」


 シンの言葉に、ゴブリンの王が動揺を見せた。


「お前は厄介、ダ。凄く、ナ」


「あれだけ動かなければ、そこに何かあると疑うのが普通だ。そして、その玉座にあるもの。そして、重要なもの……」


 シンは思考を巡らせ、答えに辿り着いた。


「頭蓋骨か」


「ッ!!」


 王はその眼の内側だけで更なる動揺を見せ、シンを睨んだ。


「この戦場を最も支えているのは、あの飛び回る鋭利な骨。速度と威力、共に申し分無く、厄介だ。既に何人もの命を奪い、今はメイジ組を抑えている」


「気付いてしまったカ。ならば、もう良い。」


 ゴブリンの王が手を挙げると、玉座の両脇に控えていた二体のゴブリンが前に出た。二体とも体は腐っているが、ローブを纏い、その手には杖が握られている。


「王、ユグニカが命ずる。イロク、オノフ。その男を討て」


「……ゴブリンメイジか」


 比較的希少とはいえ、普通ならば問題にならない雑魚だが、この塔においては違うだろう。


「グギャ」

「グギャギャ」


 瞬間、シンの足元から巨大な火柱が噴き上がり、ゴブリンの指先から闇色の光線が放たれた。


「ッ! 予想はしていたが、やはり普通では無いな……」


 火柱は回避出来たが、闇の光線は避けられず、シンは脇腹を焼き裂かれた。


「良いぞ。イロク、オノフ。そのまま、その男を押さえ込んでおけバ、このまま削り切れる。そうすれバ、主から新たな力を授かることも……ッ!?」


 妄想に耽るユグニカの両脇で、激しい破砕音がした。


「ふふふ、頭蓋骨なら、壊しちゃったのです!」


「残念だったな。ゴブリン」


「なッ……丁度、イロクとオノフを動かした時に来ただと……」


 タイミングの悪さに惜しむユグニカだが、二人は首を振る。


「丁度、じゃないのです」


「待っていた。その二人が退くのをな」


「……感知能力があることは、気付かれていたか」


 シンを処理する為に事を急いたユグニカは、玉座の頭蓋骨を守る為の感知能力を持つ二体を離してしまった。それが、スケルトンを処理された敗因だ。


「貴方の負けなのです。ユグニカさん」


「諦めろ、とは言わないが……絶望すると良い」


 ゴブリンの王に至近距離から短剣が二つ、向けられる。


「なるほど、ナ……良いだろう。我も配下を無駄に消費する気は無イ」


 ユグニカは戦局を見渡し、この戦闘の行く末を予知した。


「主よ。すまないが、我らは退ク。勝利の未来は潰えてしまっタ」


 虚空に話しかけるユグニカ。彼らには聞こえないが、ネクロの快い返事が返ってくる。


「まァ、どうせこのまま進んでモ結果は変わらンのだ。我らは消えるが、進むが良い。では、ナ」


 ゴブリン達の姿が消えていく。ユグニカも、シンを取り囲んでいたホブゴブリンも、虚空に消えていく。


「ブモ? ブモモ、ブモォ……ブモ、ブモブモ」


 だが、一体だけ、この部屋に魔物が取り残された。その人型の豚は、ユグニカのように虚空に向かって話しているが、その姿は一向に消える様子は無い。

 それも当然だ。ドゥールはユグニカに合わせたネクロからの提案を蹴り、この場に残る判断をしたのだから。但し、危険時には直ぐに回収するという条件付きだが。


「ブモォォォォ……」


 一人だけポツンと残ったダークオーク。


「お、おい、なんか消えてったけど、なんか残ってるぜ?」


「ミスって取り残されたんじゃね? ほら、あいつだけオークだし」


「一体とか、流石に余裕だろ。なんか鬱憤溜まってたし……ボコろうぜ?」


 彼が自分の意思で残ったとは知らず、圧倒的人数差に気を緩めた数人が、舐めた表情で襲いかかる。



「ブモォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」



 そして戦闘が開始され……最終的に、五人のプレイヤーがドゥールの棍棒に叩き潰された。

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